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荒木荘のとある一日 U

■ ■ ■

 暫くのんびりして、お昼に差し掛かった頃。洗濯物が溜まっていれば洗濯機を回し、部屋が汚れていれば掃除をする。今日は洗濯機を回しつつ、昼食を作った。
 暇だったのかカーズさんが音もなく背後に立ったので、驚いて包丁を取り落としそうになったのはひやりとしてしまった。手を切ると吉良さんが烈火のごとく怒るので、怪我をしなくて良かったと密かに胸を撫で下ろす。

 昼食を作り終えて、私はたっぷりと日が差し込んで来る窓にカーテンを閉めて、部屋の隅にある棺桶をノックする。正直これが一日の中で一番緊張する瞬間なのかもしれない。
 これは合図みたいなもので、棺桶が開く日もあれば、開かない日もある。DIOさんの気分次第だ。今日は日中も起きている気分なようで、棺桶が重たい音を立ててゆっくりと開いた。

「…お、おはようございます、DIOさん」
「……ンン、おはよう。今日は天気が良さそうだな」

 DIOさんはカーテンの方をちらりと見て、外が明るい事を確認すると、気怠げに息を吐いた。「お、お昼は食べますか…?」とまだ多少ビクつきながら声をかければ、DIOさんは欠伸を溢し、「頂こう」と言って棺桶から出て来る。トラウマを克服し、DIOさんと距離を詰めようと思うようになってからは、これでも怯えなくなった方だ。善処はしている。
 未だ押入れの中で眠っていたディアボロさんを起こしたところで、全員揃って昼食を取る。食事を終えた後、ドッピオくんは何も言わなくても後片付けを手伝ってくれた。因みに、ディアボロさんはそそくさとPCを立ち上げに向かっている。まったくもう。

「ドッピオくん、この後予定あるかな?」
「今日は何もないですよ。…あ、もしかしてお買い物ですか?」
「うん。暇だったら付き合って貰えると嬉しいな」
「勿論ですよ!」

 にぱっと笑ってくれたドッピオくんに、私もへらりと笑って返す。確か今日は夕方にセールがあった筈だから、もう少しゆっくり出来そうだ。ドッピオくんと約束をし、リビングへと戻る。
 カーズさんはあまりにも暇だというので散歩に出掛けてしまい、DIOさんは読書中で、ディアボロさんは部屋の隅でオンラインゲームをし、ドッピオくんはその様子をにこやかに見守っていた。こうしていると、過去に恐ろしい事を仕出かした人達とは思えないくらい、マイペースなんだよなあ。

 私も適当に座って寛ごうとしたのだが、途中でDIOさんとばっちり目が合ってしまった。びく、と反応してしまうのはやはりクセだ。座る直前の不自然な体勢のまま固まってしまった私を見て、DIOさんは本を閉じ、長い指でおいでおいでと手招きをする。恐る恐る近付くと、DIOさんは私の手を取り、自分の足の上に私を誘導した。

「…あ、あ、あのう、DIOさん…」
「何だ?」

 何だ、じゃあない。どうして私を足の上に乗せ、何事も無かったようにまた読書を再開しているのだ。もごもごとしていると、「暇なら良いだろう。それに私に慣れる機会でもある」と言い、DIOさんはそれきり黙って読書に集中してしまった。確かにそうだけど…そうだけどッ…!
 何を言っても上手く言い包められてしまうような気がして、私も同じように黙り込んでしまう。心臓の音は煩いし、手の平にじんわりと汗はかいているし、これはまだまだ慣れていない証拠だ。それでも暖かい室内や、静かな空間、更には昼食を取って満腹だった事で、眠気がやって来た。こく、と頭が僅かに揺れる。

 DIOさんもそれに気が付いたのか、ページを捲る手を止め、私の頭をそっと撫でてくれた。風邪で寝込んでいた時もそうだったけれど、意識がぼんやりとしている間は、恐怖は二の次になるのかもしれない。
 頭を撫でていた手に引き寄せられ、DIOさんの胸に寄りかからされる。とく、とく、とDIOさんの心音が直ぐ近くに聞こえて、それが子守唄だったかのように、私はそのまま眠りに落ちた。


***


 は、と目を覚ますと、もう夕方だった。もぞっと動くと、上から「起きたのか」と声が降って来て、思わず固まる。恐る恐る顔を上げれば、DIOさんが私の頭を撫でた。そこで漸く、私がDIOさんの膝の上で昼寝をしていたのだと気が付き、慌てて「ごッ、ごめんなさい!!」と声を上げた。
 顔を青褪めさせる私とは裏腹に、DIOさんは特に気にする様子もなく、「買い物に行くのではなかったのか」と本を閉じながら言った。そうだ、買い物!私はDIOさんの膝から下ろして貰い、ドッピオくんに声を掛ける。ドッピオくんは「おはようございます」なんてにこやかに言って、直ぐに仕度をしてくれた。

 朝早起きな分、良く昼寝はするけれど、まさかよりにもよってDIOさんの膝の上に乗ったまま寝るだなんて。吉良さんが知ったら驚くのだろうな。寝起きにしてはドクドクと煩い胸を宥めながら、私はドッピオくんと家を出た。
 予め買う物に目星を付けておいたので、買い物はスムーズに終わった。買い物は一人で行く事もあるのだが、こうして誰かと一緒に買い物に行くとすると、多いのはダントツでドッピオくんだ。嫌な顔一つせずに着いて来てくれるし、荷物は必ず重い物を持ってくれるし、さり気なく歩道側を歩かせてくれるし、何というか、紳士の極みである。これで年下なのだから恐ろしい。

「ごめんね、いつも重たい方を持って貰っちゃって」
「僕が好きで持っているんですから、良いんですよ。それに、ヒヨリさんに重たい物なんて持たせられません!」

 これだからドッピオくんは。「ありがとう」とへらりと笑うと、彼もにこやかに返してくれる。癒しのひとときだ。他愛の無い話をしながら家に帰ると、珍しい人物が優雅に紅茶を飲んでいた。私達を見て、「やあ、おかえり」と微笑んだのは、ファニーさんである。

「ファニーさん、いらっしゃってたんですね!」
「最近は此方に戻っていなかったから、少し君の顔を見にね。ああ、手土産を持って来たから、後で食べると良い」

 君が好きだと言っていたケーキだ、と付け加え、ファニーさんは冷蔵庫を指差した。ファニーさんは何を隠そう一国の大統領なので、公務の関係上、なかなかこの荒木荘には姿を見せない。
 たまにこうして時間を見て帰って来てはくれるのだが、ゆっくりとして行く事は稀だ。今日も忙しい合間を縫ってひょっこりと帰って来ただけらしいので、そろそろ戻るらしい。

「本当なら、もう少しゆっくりしていきたいんだがね…」
「…残念ですけど、お忙しいんですから仕方ありませんよね。…お仕事、頑張って下さいね」

 溜息と共に立ち上がったファニーさんにそう声を掛ければ、ファニーさんは小さく笑って頷いた。私の頭をぽんぽんと撫でると、前髪を指先で退かし、額に唇を一つ落とす。「ひえッ!?」と思わず声を漏らせば、ドッピオくんも、「あーッ!?」と声を上げた。
 DIOさんが何処からか取り出したナイフを構えたのが視界の端に見えたのだが、それよりも早く、ファニーさんはいつもの不思議な掛け声と共に、素早く姿を消してしまう。なんという早業…。「消毒液とか持って来ますか!?」とさらっと酷い事を言うドッピオくんを宥めて、私は夕食の仕度にかかるのだった。