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終わりは始まり


日本行きの飛行機に乗り、数時間。行きはエジプトまであれだけ掛かったというのに、帰りは機内で寝ている間にあっさりと着いてしまった。もう刺客を送って来る相手も居ないので当たり前といえば当たり前なのだけれど、何だか拍子抜けしたというか、少し不思議な気分だ。この数十日で、私の中の日常はすっかり変わってしまっているらしい。
飛行機を降り、ゲートを潜って日本に降り立つ。肌で感じる日本の空気に懐かしいものを感じ、無条件に安心している自分が居て、「ああ、本当に帰って来たんだなあ」なんてしみじみと思ってしまった。

空港を出ると、SPW財団が手配したらしい車が出迎えてくれた。承太郎くんとジョセフさんは勿論自宅に戻る訳だが、花京院くんもホリィさんの様子が気になるからとそれに着いて行くらしい。私はそのまま自宅に送って行くと言われたのだけれど、会った事は無いとはいえホリィさんの事は気に掛かるので、私も一緒に行かせて貰う事にした。承太郎くんとジョセフさんの口から、「無事だ」と一言聞いてから帰ろうと思ったのだ。そういう訳で、私はSPW財団の運転手と三人が乗っている車にお邪魔したのだった。


***


空条、と表札が掲げられた、大きな日本家屋のお屋敷。何度か目にしてはいるけれど、やはり立派というか、何だか他の家とは雰囲気が違うように思える。車から降りたところで、玄関の戸が開いた。背が高くすらっとした美人な女の人が玄関に立っているのを見た瞬間、ジョセフさんが「ホリィ!」と声を上げる。女の人は目に涙を浮かべながら「パパ!」と応えるように声を上げ、ジョセフさんに抱き着いた。どうやらあの女の人が、ジョセフさんの娘であり承太郎くんのお母さんである、ホリィさんのようだ。
ホリィさんはジョセフさんと言葉を交わすと、その横に居る承太郎くんにも抱き着き、同じく嬉しそうに言葉を交わした。あの様子だと、もうすっかり回復しているようだ。一時は命が危ないと聞いていたので、本当に良かった。私と同様にホッとした様子の花京院くんに視線を遣ると、ぱちんと目が合う。

「…メイ、僕達はこのまま帰ろうか」
「うん。邪魔しちゃあ悪いもんね」

落ち着いてからまた挨拶に来れば良い訳だし、今日のところは帰った方が良さそうだ。せっかくの感動の再会なのだから、邪魔をしたくない。花京院くんと頷き合って、こっそりと踵を返す。静かに車の横をすり抜けようとした時、背後から「ん!?」と声が聞こえ、思わず花京院くんと二人で肩を跳ねさせた。

「こら、花京院!メイ!何処へ行こうとしているんじゃ!」
「い、いえ、その…せっかくの再会を邪魔しては悪いので、僕達は帰ろうかと…」
「…やれやれだぜ。誰も邪魔になるなんて言ってねーだろうが」
「で、でも…」

花京院くんと顔を見合わせていると、承太郎くんに「良いから戻って来い」と言われてしまった。元の位置まで戻ったところで、ジョセフさんが花京院くんと私の間に入り、私達の背中をぽんと叩く。驚いて目を瞬いていると、ジョセフさんは目の前に居るホリィさんに向かって声を掛けた。

「ほれ、ホリィ。花京院は知っているだろうが、メイの事は知らんじゃろう。メイも花京院と同じ、わしらの大事な仲間であり友人じゃ!」
「!!…あ、え、ええと、…二星メイです…!は、初めましてッ…!」

慌てて挨拶をすれば、ホリィさんはにっこりと笑みを浮かべて、「初めまして、メイちゃん」と言葉を返してくれた。話には聞いていたけれど、とても優しそうで朗らかな人だ。ほわ、と胸の辺りが暖かくなったような感じがして、私もつられて笑みを溢した。
ホリィさんはジョセフさんに視線を遣って、次に承太郎くんに、それから花京院くんと私に視線を移し、眉を下げて微笑む。その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるように見えて、どきりと心臓が音を立てる。ホリィさんは自分の胸に手を置いて、そのまま静かに口を開いた。

「……私には詳しい事は分からないけれど、パパや承太郎が私の為に何か大きな事をしてくれたって事は分かるわ。そして、花京院くんやメイちゃん達も、それに協力してくれたって事も…」
「えっ…と、その、でも、私はお役に立てたかどうか…、わっ…!?」
「ありがとう……本当にありがとう。あなた達は私の命の恩人だわ」

そんな大層な事はしていないのでもごもごと口篭っていると、ホリィさんは私をぎゅうと抱き締めてくれた。ふわ、と優しくて暖かくて、良い香りが鼻を擽る。どうしたものかと戸惑いつつ、おずおずとホリィさんの背中に手を回せば、ホリィさんが小さく笑ったのが聞こえた。元々ホリィさんとは関わりも無かったし、会ったのだって今日が初めてだけれど、ホリィさんを救う旅に参加出来て――そしてホリィさんを救う事が出来て、本当に良かったと心から思った瞬間だった。
穏やかな空気が暫く流れて、少ししてから私はホリィさんと離れた。気恥ずかしいけれど名残惜しくもあるのは、ホリィさんの人柄や雰囲気のお陰なのだろうか。密かに考えていると、ホリィさんが何かを思い出したように声を上げた。

「…ところで、メイちゃん。メイちゃんはもしかして承太郎のガールフレンド?」
「ガッ……!?」
「そうだぜ」
「ちょッ……!!?」

思いがけない質問にぎょっとしていると、横に立っている承太郎くんがしれっと答えてしまった。思わず承太郎くんの方を向けば、承太郎くんは「事実を言っただけじゃあねーか」と何食わぬ顔で私に言う。いや、確かにそうだけど…そうなんだけどッ…!!ホリィさんが「まあッ!やっぱりそうなのね!」なんて言って嬉しそうに跳ねている前で、何だか居た堪れなくなってゆるゆると俯くと、ジョセフさんと花京院くんがふき出したのが聞こえた。ううう…恥ずかしい…。

「承太郎ったらメイちゃんの事を見る時は何だか優しい目をするんだもの、きっとそうだと思ったわ!」
「え……あ、そ、……そう、なの…?」
「……さあな」

ホリィさんの言葉に反射的にぱっと顔を上げると、承太郎くんはふいっと顔を背けてしまった。「お、なんじゃ承太郎、照れとるのか?」なんて茶化すジョセフさんに、「…やかましいぜジジィ」なんていつものように返す。そんな二人を見て、ふふ、と小さく笑ったホリィさんは、私と花京院くんの肩にそっと触れて、口を開いた。

「私はもう大丈夫だから、花京院くんもメイちゃんも、早く家に帰ってご家族に顔を見せてあげてね。それから、今度家に遊びに来てちょうだい。ご馳走作って待ってるから、ゆっくりお話しましょうね」
「は…はい…!」
「是非お邪魔させて下さい…!」

花京院くんとこくこく頷けば、ホリィさんも嬉しそうに笑みを返してくれる。承太郎くんが途中まで一緒に着いて来てくれるようで、私達三人は空条家を後にした。平日の昼間だからか、辺りはやけに静かだ。こんなに穏やかなのは久しぶりなので、何だか逆に落ち着かない。

「……何だか、静かだね。考えてみれば人数も半分になった訳だし、当たり前だけど…」
「……寂しい?」
「…………うん。やっぱり、寂しくないって言ったら嘘になっちゃうかなあ」

へら、と苦笑すれば、花京院くんも眉尻を下げながら「…そうだよね」と同じように苦笑した。花京院くんも、それから言葉にこそ出さないけれど、きっと承太郎くんも、少なからず私と同じ気持ちを抱いているのだと思う。
あの旅では皆で行動するのが当たり前で、すっかりそれに慣れきっていた。だからこそ、元の生活に戻っただけではあるけれど、やはり何処か寂しいものがあるのだ。落ち着くまでは暫く掛かりそうだなあ、なんて密かに思っていると、ぽんと頭に大きな手が乗った。

「俺と花京院だけじゃあ不満か?」
「ま、まさかそんな!……でも、ほら、エジプトに行くまでは承太郎くんとも花京院くんとも関わった事がなかったし…学校でビックリされそうというか……」

…まあ、正直に言うと、女子が怖いのだ。花京院くんは優しいし格好いいから女子から好かれそうだし、承太郎くんは言わずもがなだ。そんな二人の横に居て、私は果たして無事で居られるのか…。考えただけで恐ろしくて、ぶるっと身震いしていると、「大丈夫だよ」と花京院くんが小さく笑った。

「時を止められる吸血鬼より怖いものなんかあるのかい?」
「……ま、まあ、そう言われると…そうかも……」

というか、それを言われちゃあおしまいだ。あんなラスボスより怖いものなんて、存在しないに決まっている。「違いねーな」なんて言って口端をにやりと上げている承太郎くんの横で、「花京院くんずるいよ」と苦笑すれば、花京院くんは悪戯っぽく笑った。
壮大な旅は終わったけれど、歩みを止める訳じゃあない。私には私の生活が待っている。これから歩んで行く道には世界を股にかける旅行も無ければ、吸血鬼や刺客も居ないけれど、気を抜く事無く、しっかりと歩んで行かなければならないのだ。――数十日で得た、かけがえのない仲間と、一緒に。

す、と足を止めた私に、承太郎くんと花京院くんが不思議そうに視線を寄越した。私は二人を見据え、息を吸い込む。「承太郎くん、花京院くん、あのね…」と声を上げれば、二人は私の方へ向き直ってくれた。

「…えっと、あの、今まで本当にありがとう。二人にはたくさん助けて貰ったし、支えて貰ったし、引っ張って貰った。本当に、すごく頼もしかったよ。…それで、ええと、…こ、これからもよろしくお願いします…!」

言い切ると同時にへにゃりと笑えば、二人は面食らったように僅かに目を見開いた。けれど、直ぐに表情を柔らかいものに変えて、二人共大きく頷いて返してくれる。それが何だか堪らなく嬉しくて、私は駆け出し、再び承太郎くんと花京院くんの間に体を滑り込ませたのだった。


- END -

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