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暫しの別れ


「あ…アヴドゥルさんッ!?」

 殆ど悲鳴のように名前を呼び、私は弾かれたように駆け寄る。目を固く閉じたままピクリとも動かないアヴドゥルさんに、まるで頭から氷水でもかけられたように体からサッと血の気が引いた。私の中で何かがぷつりと切れたように、膝から地面に崩れ落ちる。
 地面を濡らす血は、どうもアヴドゥルさんの背中から流れているようだ。しかし、それよりも目を引くのは額の傷。見たところ切り傷では無くて、おそらく、弾丸か何かによるものだ。それが致命傷になり得るという事くらいは私にも分かった。

 アヴドゥルさんの服を握り締め、その胸に縋るように突っ伏す。涙がぼろぼろと溢れて来て、私の顔とアヴドゥルさんの服を濡らした。さっきまでは普通に会話をしていたのに。なのに何で、なんで――ぐるぐると考えている中、不意に微かな音が耳を掠めた。
 とくんとくんと、弱いながらに規則的に聞こえて来るそれは、紛れもなく心音だ。私は慌ててアヴドゥルさんの胸に耳を押し当てる。やはり、心音の鼓動が聞こえる。

「動いてる…い、生きてるッ…!」

 そう認識した瞬間、私は慌ててシーフを呼び出した。額の傷に手を翳して、シーフがアヴドゥルさんの顔の横にちょこんと座る。すう、と息を吸って、吐く。集中、集中…。そう言い聞かせてから、私は口を開いた。

「…『骨を盗む』ッ!」

 声を発したのと同時、シーフの体が淡く光る。その光はアヴドゥルさんの体を伝い、やがて包み込んだ。『骨を盗む』――この能力は、直前の出来事に干渉する事が出来る。簡単に言えば、少しだけ時間を巻き戻すのだ。
 能力を使う時間の長さや、干渉する範囲に応じ、気力も体力も消費するけれど、上手く応用すれば、傷や物を直す事が出来る。少し経った頃、アヴドゥルさんの額から流れている血が止まったのを確認して、私はシーフを引っ込めた。

 本当なら全て治せたら良いのだけれど、久々にこの能力を使ったせいか、かなり体力を持っていかれてしまっている。このまま続けると、私が倒れる事になるだろう。今ここで倒れる訳にはいかないのだ。

 とりあえず出血は止められたから、早いところ病院に運ばなくてはならないだろう。近くに病院があったろうか。辺りにぐるりと視線を遣った時、人垣の中から見覚えのある頭が飛び出しているのが見えた。あの学生帽はおそらく空条くんだろうし、その横に見えるのはきっとジョセフさんに違いない。私は涙を拭い、声を張り上げて彼らを呼んだ。
 奇跡的に私の声に気が付いたらしい二人が、人をかき分けて此方にやって来る。「こ、これは…!?」と目を見開いたジョセフさんの横で、空条くんも眉間に皺を寄せて固い表情を浮かべていた。

「まだ、まだ生きてますッ!出血は止めたので、早く病院に…!」
「あ、ああ…!」

 そこから先は、流石に冷静な二人だったというべきか、アヴドゥルさんは直ぐに病院に運ばれて手当てを受け、幸いにも命にも別状はないという事だった。額と背中の傷が完治するまで時間がかかるというのと、敵はアヴドゥルさんが死んだものだと思っているだろうという事で、それを利用し、アヴドゥルさんには今後私たちの足となる『あるもの』を買いに行って貰うらしい。
 ――因みに、花京院くんには折を見て話すけれど、ポルナレフさんにはアヴドゥルさんが生きているという事は隠しておくようだ。とにかく、暫くは別行動となる。ジョセフさん達が話している内に、私はこっそり病室を抜け出して、廊下のベンチに腰掛けた。

「……う…ッ」

 突然ぐらりと視界が歪み、私は額に手を当てる。どうも軽い目眩のようで、目を閉じてじっとしていると直ぐに収まった。おそらく、緊張の糸が切れたので疲れが押し寄せて来たのだろう。数回深呼吸をしていると、病室からジョセフさんと空条くんが出て来た。

「アヴドゥルとは此処で暫くお別れじゃな。…メイ、君のお蔭で大切な友人を失わずに済んだよ」
「い、いえ、そんな…私は何も…」
「いいや、メイがわしらを呼び止めなかったら、おそらくアヴドゥルを見付けるのはもっと遅くなっていた筈じゃ。…それに、何か処置をしてくれたのじゃろう?」

 ありがとう、という言葉と共に頭を撫でられて、私は思わず俯いた。私にもっと力があったら、アヴドゥルさんの傷も完治させられた筈だ。
 …いや、きっとそれだけじゃあない。あの時待機なんかしないで私も一緒に行動出来ていれば、もしかしたら何かが変わっていたかもしれないのだ。――そう思うと、どうも気分が沈んだ。

 どうせ補助系なら、もっと役に立てるような能力を持てていれば良かったのになあ。そんなどうしようもない事を考えながら、私達はポルナレフさんと花京院くんに合流するべく、病院を後にした。


***


「野郎!逃げる気かッ!」

 町の中を歩いていると、何処からか聞き覚えのある声が聞こえてきた。これはポルナレフさんの声だ。聞こえた方へ行ってみると、少し離れたところに花京院くんとポルナレフさんが立っていて、二人から逃げるように一人の男が此方に駆けて来たところだった。
 ――あれ、あの人どこかで…?カウボーイハットを被ったガンマン風な男の人に何故か見覚えがあり、思わず首を傾げる。そして、彼が数十分前に路地裏を通せんぼしていた男の人だと思い出した時には、いつの間にか私の前に立っていた空条くんが、彼を殴り飛ばしていた。

「あ、あの時の…なんで…?」
「…なんじゃ、知り合いか?」
「エッ!?…い、いや、知り合いではないです…」

 ジョセフさんに誤解をされそうだったので、慌てて首を横に振る。まさかあの人も刺客だったなんて。…でも、それなら何であの時攻撃して来なかったのだろうか。
 自分で言うのも虚しいが、私一人ならさくっと始末出来ただろうに。私が動揺している間に、空条くんたちは起き上がろうとしている男の人をぐるりと取り囲んだ。…あれは怖い。

 アヴドゥルさんの遺体は埋葬してきた――なんて、真面目な表情でジョセフさんがさらりと嘘をついてみせ、空条くんも合わせるように帽子を目深に被った。二人とも演技派だ。

「卑怯にもアヴドゥルさんを後ろから刺したのは両右手の男だが、直接の原因はこのホル・ホースの『弾丸』だ もっともアヴドゥルさんの『火炎』なら簡単にかわせただろうがね… この男をどうする?」
「俺が判決を言うぜ――『死刑』!」

 花京院くんの言葉に続け、ポルナレフさんが『銀の戦車』を出す。レイピアが男の人――ホル・ホースを捉える直前、何処からか現れた女の人がポルナレフさんの足にしがみつく。女の人はホル・ホースに向かって声を張り上げた。

「お逃げくださいホル・ホース様!早く!」
「はなせ!なに考えてんだあ!」

 ポルナレフさんが女の人に気を取られている隙に、ホル・ホースは近くにいた馬にひらりと飛び乗った。「逃げるのはおめーを愛しているからだぜベイビー、永遠にな!」という何とも胡散臭い台詞を残し、ホル・ホースは颯爽と逃げて行った。
 ポルナレフさんが追おうと足を動かすと、未だに足にしがみついている女の人も引き摺られていく。痛々しい声にハッとして目を遣れば、腕に血が滲んでいる。慌ててポルナレフさんを止めると、ジョセフさんが女の人の元にしゃがみ込んで止血を施した。

「アヴドゥルはもういない… しかし先を急がねばならんのだ… もうすでに日本を出て15日がすぎている」
「…そうだな いいか!DIOを倒すにはよ、皆の心を一つにするんだぜ!一人でも勝手な事をするとよ、やつらはそこにつけこんでくるからよ!いいなッ!」
「………」
「ん?なんだよメイ、何か言いたい事でもあんのか?」
「い、いえ別に…」

 あなたがそれを言うか。そのツッコミは心の中に留めておく事にした。空気読まないとね。とにもかくにもこの旅には時間が付き纏っている訳で、なるべく早く進まなくてはならない。
 再びアヴドゥルさんと出会える時まで、脱落しないようにしないとな…。例によってネガティブな思考を働かせてしまっている私の横で、ジョセフさんは虫に刺されたらしいと言いながら腕をかいていた。

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