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小さな喜びと亀裂


 列車は無事にカルカッタへ到着し、いよいよインドを横断する事となった。駅に降り立つと、ジョセフさんがインドは初めてだと前置きをしてから、こじきとか熱病とかマイナスなイメージがあるのだと心配そうに呟いた。
 私もあまり良くは知らないが、ポルナレフさんの言うようにカルチャーギャップは少し心配だ。だけどアヴドゥルさんが「いい国です…私が保障しますよ」と小さく笑ったので安心した――のだけれど。

 …ぶっちゃけると、恐ろしい国だと思った。駅を出た瞬間大勢の人に取り囲まれて「バクシーシ」攻撃を受け、何だか良く分からないものを売りつけられそうになり、花京院くんなんかは財布をすられたらしい。
 元々人ごみが好きではない私は耐え切れずに『目を盗む』を発動した訳だけれど、ポルナレフさんに「自分だけずるいぞ!!」と怒られてしまった。

 呆気に取られた私達に向かって「これだからいいんですよ」と朗らかに笑ったアヴドゥルさんに何とも言えない気持ちになりながらも、『目を盗む』をフル活用して雑踏の中から抜け出し、丁度見つけたカフェの中に逃げ込んだのだった。

「メイ、お前の能力がこんなに便利だと思ったことはねえぜ…」
「…私もこんなところで役に立つと思いませんでした…」

 インドの庶民的な飲み物だというチャーイが出て来たが、手を付ける気力もない。ポルナレフさんに言葉を返しながら、私は小さく息をついた。
 『目を盗む』はさほど力を使う技ではないが、雑踏を抜ける為に広範囲に作用させ、しかも六人いっぺんに使うとなると話は別だ。今まで使った事があるのは一人や二人だったし範囲も最小限に留めていたから、こんなに疲れるものかと少し驚いている。

 ポルナレフさんがお手洗いに席を立ち、視界の端では「なかなか気に入った…いい所だぜ」と話す空条くんに、ジョセフさんが信じられないとばかりに返している。流石に私も慣れそうにないな、なんて思っていると、横に座っているアヴドゥルさんが私の名前を呼んだ。

「大丈夫か?あまり顔色がよくないようだが…」
「あ、えっと…す、少し疲れちゃったみたいで… あ、で、でも大丈夫ですよ、全然」
「スタンドを使ったからだろうな……随分無理をさせてしまったね、すまない」
「そ、そんなッ、アヴドゥルさんが謝る事じゃないですよ…!…それに、私、ちょっと嬉しいんです」
「嬉しい?」
「私、皆みたいに強くないし、足手まといで… だけどさっきは少しくらい、その、役に…立てたかなって…思ってるんです、けど…」

 途中から何だか恥ずかしくなって、最後はもごもごと口籠る。自分で勝手に満足してるだけなのに、何でアヴドゥルさんに喋っちゃってるんだろう。慌てて取り繕おうとしてあわあわと手を動かすが、口から出るのは「あの」だとか「その」だとか仕様もない言葉だけ。
 一人で空回っている私の頭に、ぽんっと何かが乗った。それは、大きな手。そろりと顔を上げれば、アヴドゥルさんが柔らかい笑みを浮かべて私の頭を撫でてくれていた。

「メイ、君は十分やってくれているだろう 足手まといなんかじゃあない …前から思っていたが、君はもっと自信を持って良いくらいだ」
「え…」
「それに、君は紅一点だろう?」

 ぱちんとウインクされて、私は思わず顔が熱くなる。アヴドゥルさんってこんなキャラだっけ!?誤魔化すようにチャーイに手を伸ばせば、くすくすと笑い声が聞こえた。どうやら皆、今のやり取りをしっかり聞いていたらしい。うう…なにこの羞恥プレイ…!!
 そんな中、何だかカフェの奥が騒がしい事に気がついた。よくよく聞けばポルナレフさんの声だ。便器とかブタとか何だか良く分からない単語が聞こえて来て首を傾げていたけれど、やがて静かになったので誰も様子を見に行こうとはしなかった。

 ――しかし、ポルナレフさんの帰りがやけに遅い。どうしたんだろうと思い始めた頃、何かが割れるような大きな音がした。流石に様子がおかしいと感じた私達が慌てて向かえば、ポルナレフさんが鏡の破片が散らばる中に神妙な面持ちで立っていた。

「ついに!やつがきたゼッ!承太郎!メイ!おまえらがきいたという鏡をつかう『スタンド使い』が来たッ!」
「え…!?」
「おれの妹を殺したドブ野郎〜ッ ついに会えるぜ!」

 鋭い目つきで窓の外を睨むポルナレフさんに、私は思わず息を飲んだ。「ポルナレフは勝てねーだろう」――その言葉が頭の中にふとよみがえり、いっそう不安な気持ちになった。


***


「ジョースターさん、俺はここであんたたちとは別行動をとらせてもらうぜ」

 荷物を担ぎ、ポルナレフさんは唐突にそう切り出した。一刻も早く妹さんの仇をうちたいポルナレフさんは、あちらから攻撃を受けるより早く、自ら敵を探し出す気らしい。しかし、それに反対したのはアヴドゥルさんだった。
 先程のスタンド攻撃はポルナレフさんを一人で行動させる為の罠であり、それに乗せられて別行動を取るのはあまりに危険だと彼を引き止めに掛かったのだ。とはいえ、ポルナレフさんも簡単には引き下がらない。それほど妹さんへの思いが強いのだ。ポルナレフさんの気持ちも分かるけれど、アヴドゥルさんの言いたい事も分かる。

 二人の主張はぶつかり、危うく殴り合いにまで発展しそうになる。しかし、今のポルナレフさんには何を言っても無駄だと判断して、結局彼を見送る事となった。
 遠ざかっていく背中に思わず駆け寄りたくなるが、私が行ったところでどうしようもないという事は分かりきっている。情けなくおろおろとしていると、花京院くんが私の肩を叩いた。

「心配しないで大丈夫だよ、こっそり様子を見に行ってくるから ――そうですよね?ジョースターさん」
「ああ…アヴドゥル、頼んだぞ」
「…ええ」

 ジョセフさんに話を振られ、アヴドゥルさんはやれやれとばかりに小さくため息をついた。今のポルナレフさんは確かに何を言っても無駄かもしれないが、冷静なアヴドゥルさんがいるならばきっと安心だろう。
 ――このまま喧嘩別れみたいにならなくて良かった。密かに息をついたところで、私たちは少しの間別行動を取る事となったのだった。

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