天邪鬼は笑わない



夜特有のどこか湿り気を帯びた風が、頬を撫ぜる。
真夜中の、屯所の庭。
立っているのは、真選組副長である土方と、あとひとり。



「副長、気配なんか消してどうしたんですか」



振り返りもせずただ暗い空を眺めているのは、副長補佐・栗屋詩音。



「ああ、邪魔しちゃ悪いと思ってよ」



「その割には物騒なもん持ってるんですね」



「・・・わかってんじゃねーか」



満月が、煌々と二人を照らす。
詩音は、そこではじめて土方と向き合った。
その瞳に怯えの色は、ない。



「真選組副長補佐栗屋詩音、局中法度違反により、テメーを粛正する」



風が唸りを上げて、二人の隊服を揺らした。



「廊下走ったからですか?」



「・・・テメーの部屋から、高杉の筆跡と一致する手紙を見つけた」



「あらら」



「真選組に間者として潜れ、そう手紙にはあった」



「・・・・・・・・・」



「事実か」



「そうですよ、鬼兵隊幹部の女スパイってのはあたしのことです」



へらりと笑って、詩音は庭に植えてあった椿をひとつ、ぶちりとちぎった。



「似合いますか?」



「いや」



「相変わらず酷いなあ。お世辞のひとつでも言ってくれればいいのに」



「・・・お前に赫は、似合わねェ」



詩音の表情が、すうっと消える。
能面のように何の感情も映さないそれに、土方の背中に寒気が走った。
頼む、そんな顔をしないでくれ。
頼むから。
本気で斬りたくなっちまう。



「それは、あたしの生き方全てを否定する言葉ですよ、副長」



「・・・そうかもしれねェな」



詩音の人生は、きっと血に濡れたものだったのだろう。
戦争で親を亡くし、追い剥ぎをして命を繋ぎ、高杉の気まぐれで鬼兵隊に入り。



そして、ここ、真選組に来てからも、ずっと。



「誰が何と言おうと、あたしは自分の人生、結構気に入ってるんです」



また、詩音はにこりと笑った。
しかし、その瞳の奥は、ずっとつめたいまま。



「だって人間の嫌なところ、ほとんど舐めつくしたもの」



この教訓があれば来世は大丈夫、と笑う。否、笑顔の仮面をつける。
そう気づく程、土方と詩音はずっと側に居て。その仮面の下を読み取れる程、二人の距離は近くなかった。



「ねえ、副長」



「何だ」



「人斬りは地獄に行くって・・・あれ、本当ですかね」



「・・・さァな」



そんなもんはあまり信じていない、と言うと、らしいですね、と笑われた。
僅かに、瞳にほんとうが混じる。



「・・・もし、本当にんな物騒なモンがあるなら」



「・・・・・・・・・?」



「俺とお前は確実にそっち行きだろうよ」



「やっぱり、そう思いますか?」



嫌だなあ、と心底嫌そうに、詩音は眉をしかめた。
そういえばこいつは鬼とかそういう類が苦手だったな、とふと思い出す。



「地獄で待ってろ」



「嫌ですよ、副長みたいな悪餓鬼が長生きするってのは世の常でしょう。あたし待つのは嫌いなので」



詩音の言葉を聞き流しながら、土方は煙草を取り出し、火をつける。
細く息を吐くと、紫煙が闇に溶けていった。



「あたしがいなくなったら、副長の書類が増えますね」



「ああ。仕事だけはできたからな、お前」



「それどういう意味ですか。煙草の吸殻も捨ててもらえないし」



「思う存分吸えて清々するわ」



「・・・斬り込みの時も、沖田隊長に背中守ってもらわなきゃいけないし」



「・・・また、前に戻るだけだ」



「そうですね」



そう。
本当に、元通りになるだけ。
誰かがいなくなっても、
そのかわりのように誰かが生まれ、
世界は変わらず回り続ける。
ただ、それだけ。



「副長、」



「あ?」



「あたし、副長のこと、大嫌いです」



そう言って、詩音は微笑んだ。
笑顔に、こんなにもたくさんの感情を込めることができるのだと、土方はその時気づいた。
悲しみ、後悔、憎悪、感謝、
あと、・・・あとは、何だろう。



「好きの間違いじゃねーのか」



「自惚れないでください」



詩音は笑って、護身用だといつも身につけていた小刀を取り出す。
そして、土方の煙草の灰が零れ落ちるのよりも一瞬早くーーー・・・



自身の胸に、それを突き立てた。
どくどくと、赫が詩音を染めていく。



「お前、何して、」



お前なら、もがいて足掻いて、必死に生にしがみつくと、そう思っていたのに。
憎まれ口を叩きながらも、逃げて逃げて生き延びることを、心のどこかで望んでいた自分がいたのに。



「あたしはもう、いらないこですから」



全てを受け入れたような、そんなやさしい表情で、詩音は土方を見つめた。



「副長、」



「・・・何だ」



「あたし、やっぱりふくちょ、なん、て、だいっきらい。せ、かいで、いちばん、だいっ、きらい」



「・・・・・・そうかよ、」



「そう、だよ、」



詩音の瞳に、僅かなかなしみが混じる。



「ほんとに、副長、なんて、大っ嫌い、なん、だか、ら、」



ごぽり。
嫌な音が、傷口から零れた。



「詩音、」



呼びかけても、返事はない。



「・・・馬鹿野郎、」



もう二度と動かないそれを、壊れる程強く、抱きしめる。



「俺は、愛してたんだよ」



力加減をする必要がないことが、ひどくかなしかった。



天邪鬼は笑わない


(ごめんなさい、ごめんなさい、副長)


(ほんとうはすきです、だいすきなの)



********
みう様キリリクでした。





[ 7/20 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -