甘さに沈没
ふわふわ、ふわふわ。
空か地面か、上か下かもわからない場所に、詩音は立っていた。
周りは、白。たぶん。
「詩音、」
目の前に、どこからともなく沖田が現れる。
あらびっくり。超能力使えたんだこいつ。
そう軽口を叩こうとしても、何故か口が動かない。
前に立っている沖田の表情も、いつになく真剣で、どことなく悲しそうだった。
「別れやしょう。・・・すきな奴ができたんでさァ」
頭をぶん殴られたような衝撃。
きっと間抜けな表情をしているのだろう。
他にすきな人ができてしまうような、そんなヘマをやらかしただろうかと詩音は頭をフル回転させて考える。
沖田の見たがっているどろどろの恋愛ドラマも毎回きちんと録画してやっているし、会話だって少なくなった覚えはない。
休みが重なった時には、デートだってする。
・・・至って普通のカップル、のつもりだった。
「・・・すきな人、って、誰?」
やっと口が動いた。震えないように注意しながら訊ねる。
沖田は表情を変えずに(いや、少し頬が紅潮したかもしれない)、言った。
「はんぺん」
・・・は?
はんぺん?
はんぺんってあの、おでんに入ってる存在感の薄いあれ?
ちょっと待て。
あたしははんぺんに負けたのか。あののっぺりした、三角の胸も凹凸もくそもないあいつに!
「じゃァ、俺待たせてるんで」
くるりと背を向けて、沖田が去っていこうとする。
その方向に、白くて三角の、奴がいた。
ちょっと待ってよ。人間の彼女差し置いてはんぺんとつきあうってどうなのよ。
しかも口がどこにあるかわからないのにキスとかピーとかするつもり?
いいカップルだと思ってたのに。
いい彼氏だったのに、楽しい時間だったのに。
視界の端に、かすんでいく沖田とはんぺんが見えた。
こんなのって、こんなのって、
「冗談じゃねェェェェェェェェェェェ!」
がばりと起き上がり、荒い息をくりかえす。
・・・え、起き上がり?
きょろきょろと周りを見渡すと、いつもと変わらない屯所、いつもと変わらない自分の部屋。
(なんだ、夢か・・・)
時計を見ると、AM6:30。
五月蝿ェェェェェェェェェェェェェェ!
と土方が詩音の部屋を開けるまで、あと3秒。
「・・・ていう夢を見たんだよ」
「はあ、それで見回り中ずっとはんぺんはんぺん言ってた訳ですか」
山崎は笑うべきか神妙な顔をするべきか迷ったようで、どっちつかずの変な顔になった。
くそう、シャッターチャンスを逃がしたぜ。
今は夕方の見回りから帰って来たところで、腹を空かせた隊士たちが食堂に吸い込まれていく。
詩音と山崎も例外ではない。
「でも詩音さん、」
「うん?何」
「今日の夕食、おでんですよ」
「・・・マジでか」
まあおでんはいいのだ、おでんは。
問題は奴だ、はんぺん。
白いなりして純情気取った腹黒い奴だけは、なんとかして沖田の口に入るのを阻止しなければならない。
食堂をきょろきょろと見渡してみると、・・・いた。今まさに席についたところ。詩音に気づくと、沖田はちょいちょいと手招きをした。
詩音も食堂のおばちゃんから盆を受け取り、いそいそとその向かいに座る(山崎は勇敢にも沖田の隣に座った)。
「何、今日はザキと見回りだったんですかィ」
「うん、総悟も真面目に見回りやったんでしょうね?」
「俺ァいつも真面目でさァ」
「その口が言うか」
詩音の軽口に沖田はにたりと笑って、おでんの中を覗きこんだ。
僅かにその表情が綻んだ、気がする。
「ラッキー、今日ははんぺんが入ってらァ」
詩音が硬直する。
「・・・総悟、はんぺんすきなの?」
「好物でさァ。詩音、知らなかったんですかィ?」
汗がだらだらと流れる。
夢の通りだ、もしかするとあれはお告げだったのかもしれない。
このままじゃ沖田の心がはんぺんに奪われてしまう!
そしてその間にも、はんぺんは沖田の箸によって持ち上げられ、口に運ばれようとしていた。
「させるかァァァァァァァァァァァァ!」
詩音は咄嗟に大きな声を出し、沖田が取り落としたはんぺんを箸でつかむ。
そして、
「スパーキング!」
「ぶべらっ!熱っ!」
山崎にクリーンヒットした。
「何すんでィ詩音」
好物を思いがけず取られてむっとしているのだろうか、沖田の唇が僅かにとんがっている。
「酷くないですか詩音さん!何で俺にスパーキング!?ねえ!」
「総悟、別れちゃやだっ・・・!」
「・・・は?」
「・・・馬鹿だろィ、お前」
「馬鹿だもん、どうせ馬鹿だもん」
詩音はいじけて大根を咀嚼しながら沖田を見る。
馬鹿馬鹿と連呼している割に、その瞳はやさしい。
「だってさあ・・・総悟の真剣な顔とか色々、すっごいリアルでさあ・・・」
「ふぁふぁ」
「卵のみこんでから喋ってよ」
ごくんと卵をのみこんでごちそーさん、と言うと、沖田は詩音を見て笑う。
「ほんと馬鹿でさァ」
「んなっ・・・そんなに馬鹿馬鹿言わなくたっていいでしょー!自分がよくわかってますよう!」
「いーや、わかってねェ」
耳の穴かっぽじってよく聞きなせェ、と言って、沖田は爆弾を投下した。
「俺がこんなに誰かをすきになんのは、後にも先にもお前だけでさァ」
あちこちからげほげほと噎せる音がする。
沖田は僅かに紅潮した頬を隠すように、「よく覚えときなせェ」とそっぽを向いた。
「・・・うん!総悟、だいすき!」
「わかったから早く食べなァ」
甘さに沈没、
(真選組公認バカップルたァ、こいつらのことだ!)
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千笑様キリリクでした。
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