グラウンドからは部活動生の声。


慌ただしい放課後の職員室。

いつもと変わらない日常。


先生や生徒たちの声を聞きながら
詩音は静かに
給湯室でコーヒーを淹れていた。



職員室の一角にあるとはいうものの
職員室の喧騒とは対照的にここは至って静か。
部屋中にコーヒーの豊潤な薫りが広がる。



「…いい薫り…」



今日のコーヒーはかなり上出来。
優々とマグを片手に出ようとした時だった。




「…詩音先生〜」




聞き慣れたやる気のない声のあと
ひょっこりと顔を出したのは
同じ国語科の銀八先生だった。




「銀八先生。どうされました?」




内心ドキリ。
予想外の登場に少し焦る。



彼と詩音は3年ほどまえから交際していた。




他の先生はまだ誰も知らない。
それ故に学校では他の先生と同様に
先生呼びに敬語だった。




「…良い匂いがしてさ〜。なんとなく。」





なんとなくって。



なんだか可笑しくて思わず笑う。
きっと顔はだらしないんだろうな。




そうとは知りつつ銀八の分のコーヒーを淹れる。
学校では他人行儀を貫かなければいけないだけに
なんだかちょっと幸せ。




「…確か銀八先生は砂糖多めでしたよね?
ミルクはどうしっ」




「…詩音…」




低く色っぽい声で名前を呼ばれたかと思うと
急に腕を引かれた。




気づいた時には酸素不足。
視界も感覚も全てが銀八だった。




甘くも苦い彼との口付け。



それから銀八の手が
私の太股をいやらしく撫で付けた。




身体が熱い。
銀八のせい。




二人の息は上がったまま。
互いに見つめあう。




何時もと違う貴方の瞳が私を写す。




「…詩音さぁ
今夜…暇してる?」




私は息苦しさから頷くことしか出来なかった。




それから妖艶に彼が笑ったかと思うと
もう覚めてしまったコーヒー片手に
私に近づいてくる。




熱も苦しさからもいまだ逃れられない私に
銀八が意地悪に囁やいた。



「…あ〜ぁ。いけないことしちゃったね。」




「…っ///」




真っ赤になった私を尻目に
彼は手をヒラヒラと振りながら




「…詩音先生。
コーヒーありがとうございました。」




なんて余裕な一言。




まだまだ帰るまでには時間があって
それに引きそうにない熱い熱も。




さっきよりも遠くから
グラウンドの声が聞こえた気がした。




end






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