「銀ちゃーん」



放課後。
詩音は国語準備室を訪れた。
しかし、珍しく銀八はいない。
くたびれた椅子が、寂しそうに主人の帰りを待っている。



「あれ?」



まあすぐ戻ってくるよね、と詩音は椅子に座って待つことにした。
・・・改めて眺めてみると、汚い部屋だ。
部屋自体もそれ程新しくはないけれど、主人の性格を表しているようにあちこちに色々なものが置かれて(散乱して)いる。



(・・・少し掃除でもしてあげようかな)



暇だし。
よし、と気合いを入れ、詩音は掃除に取りかかった。












約15分後。



「ふう、」



見違えるように、まではいかないけれど、部屋はそれなりに綺麗になった。



(よく働いたなー、)



やれやれと詩音は椅子に座り、持ってきていたいちご牛乳にストローをさす。すると。



「あ、詩音?来てたの」



「あ、銀ちゃん」



この部屋の主人・銀八が、いつも通りよれよれの白衣でやって来た。



「ん?なんか部屋綺麗になってね?」



「掃除したもーん」



「マジでか!ありがとなー、詩音良い嫁さんになるわ」



「銀ちゃんの?」



「当たり前だろ」



暫くふんふんと上機嫌で持っていた書類を整理していた銀八は、詩音の手のいちご牛乳を見てきらきらと目を輝かせた。



「詩音、それもらっていい?」



「・・・ちょっとだけだよ」



「おう!」



銀八は一瞬も躊躇わずにストローに口をつける。
あ、間接キス、と思った時には、いちご牛乳は詩音の手に戻ってきていた。



「ごちそーさん。あー、美味かった。やっぱ糖分はアレだな、神だな」



そうだね、と相槌をうちながらも、詩音はどこかぼーっとしている。



「詩音?」



「は、え、な、何?」



「・・・お前さ、もしかして、」



銀八がにやにやと笑い出す。



「今の間接キスだった、とか考えてんの?」



「なっ・・・」



図星だった。
銀八とはキスをしたことは何回かあるけれど、間接キスは初めてかもしれない、なんて。



「詩音顔真っ赤だぜ。かーわいー」



「え、嘘、」



「嘘」



からかう銀八の頭をぱしんと叩いて(いて、と言われたけど気にしない)、詩音は古びたソファに体を沈めた。
このソファが詩音の定位置だ。
ここで日が沈む頃ぐらいまで銀八の仕事が終わるのを待って、真っ暗になってから一緒に帰る。



「じゃ先生仕事すっから」



「うん」



銀八がテストの採点を始めるのを見て、詩音はソファで持ってきた文庫本を読みはじめる。



そうして、今日も放課後は過ぎていく。












「っはー、終わった」



銀八がうーんと伸びをするのに合わせて、詩音も読んでいた文庫本をぱたんと閉じた。



「それ3Zの?」



「ちげーよ、他のクラス」



ほらけーるぞ、と銀八は鞄を持った。



「はーい」



詩音もうーん、と伸びをして鞄を取り、ドアに手をかけた、その時。
ぐるりと後ろを向かされ、無防備だった唇を奪われた。



「・・・んっ」



いつもと同じ、優しくて、とろけるように甘いキス。
唇を離すと、銀八はにやりと笑った。



「甘かった?」



「・・・うん」



なんでいきなり、と詩音の表情に出ていたのだろう。
耳にそっとよせられた唇が囁いた。



「さっきの間接キスじゃ、物足りなかったんだよ」



「なっ・・・!」



再びにやりと笑った表情は、「詩音もそうだろ?」と言っているようで。



せめてもの抵抗のつもりで、半分以上残っていたいちご牛乳を一気に飲み干した。



糖分の摂り過ぎにご注意!


(ああ、でも癖になりそう)
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