「ったくよ、総悟の奴馬鹿だろほんと馬鹿だろ。ゆゆ幽霊とかお化けとかいいいいる訳ねーし」
「・・・トシ、懐中電灯持つ手が震えてるよ」
「馬鹿、むむ武者震いに決まってんだろーが」
隣で明らかに怖がっている土方を横目に、詩音ははぁ、と溜め息をついた。
事の始まりは、今日の放課後に遡る。
「なあなあ、肝試ししやせんか」
先生に呼び出しをくらった神楽を教室で待っていた詩音は、沖田に声をかけられた。
「は、肝試し?」
「詩音は肝試しを知らねーんですかィ?肝試しってのは、男女ペアで真夜中の校舎を回り、男が女をありとあらゆる手段を使ってびびらせて泣かせて楽しむっていう日本古来の遊びでさァ」
「うんルール違うよね」
何やら肝試しをサディスティックな方向に持って行こうとする沖田を制し、「何で?」と詩音は訊ねた。
「何が?」
「だから、何で肝試しなんかすんの?」
「何となく。楽しそうだろィ」
「ああああ!サド、何詩音と馴れ馴れしく話してるアルか!」
そこに、職員室から戻ってきたらしい神楽が加わった。
「うるせェ、チャイナは黙ってろィ。俺ァ詩音と肝試しする約束してたんでィ」
「え、いや約束はしてな・・・」
「肝試しィィィィィ!?駄目アル、サドと詩音を肝試しで二人きりにするなんて、詩音に危害を加える気丸出しヨ!あたしも行って見張っとくアル!」
「ハッ、勝手にしなせェ」
それから二人はいつものように乱闘を始め、収拾のつかなくなった、その時。
「総悟ォォォォォ!テメ委員会サボってんじゃねーよ!」
教室の扉をガラリと開け、土方が入ってきた。
そういえば今日は風紀委員会があったとか、なかったとか。
「あ、やべ」
「やべ、じゃねーわ!ったく、テメーのせいで俺が全部やんなきゃいけなかったじゃねーか」
「ざま見ろ土方ァ」
「んだとコラ」
「ま、まあまあ二人とも、落ち着いて」
完全に乱闘モードに入っている二人を諌めようと詩音が口を開くと、沖田が何か思いついたように「あ、」と声をあげた。
「土方さん、今日肝試ししやしょう」
「はあ?」
土方は訳がわからない、という風にぽかんとしている。
「今詩音と肝試しに行く約束してたんでィ」
「いや、だからあたしは約束はしてな・・・」
「それにチャイナも来るって言ってんで、肝試しの常識としてあと一人男がいなきゃいけないんでねィ。土方来いよ」
「Σどこまでも自分勝手だなお前!・・・言っとくが俺は行かねーぞんなもん。面倒くせェ」
「えー」
「えー、があるか!」
ったく馬鹿馬鹿しい、とぶつぶつ言いながら、土方は鞄をひっつかんだ。
「怖いんですかィ?」
「あ?」
教室を出ようとした土方に、沖田が声をかける。
「土方さん、怖いから行かないんでしょう」
「馬っ鹿テメ、怖い訳あるかよ!」
「決定ですねィ」
う゛っ、と土方が言葉に詰まる。
沖田はニヤリと笑って、「じゃあ今日の20:00に、校門ってことで」と一方的な約束をとりつけて行ってしまった。
そして、話は現在に戻る。
土方と詩音は今、3Zの教室にいた。
普段使っている教室も、夜は雰囲気が違う。
校舎が古いこともあるのだろうが、本当に何か出てきそうだ。
詩音は、肝試しの前の沖田の言葉を思い出していた。
『ルールは簡単。何かその場所に行ったことを証明できるものを持って帰ることでさァ』
3Zの教室に行ったと、証明できるもの・・・?
「あ、トシ、これは?うちのクラスのホウキ」
「お前はそれを家まで持って帰んのか」
「駄目か・・・」
その後もチョーク、画鋲、掲示してあるプリントなどがことごとく却下され、もう無いんじゃないかと諦めかけた時。
「あ、」
詩音は教卓の一番前の席に何かが置いてあるのを見つけた。
「トシ、トシ!これでいいよ!」
「あ?」
詩音が見つけたのは、桂の席に置いてあったシャープペンシル。
あの得体の知れない「エリザベス」とかいう生き物のストラップがついていて、世界で桂しか所持していない(らしい)。
「ああ、いいんじゃね?」
さあ、やっと帰れる、と教室を出ようとしたその時。
「おい、向こうの教室明かりついてねえか」
廊下から、声がした。
「やばっ、警備員だ」
「詩音、こっち来い!
土方に手をひかれて、急いで教卓の下に潜り込む。
頭を上げようと思ったら、がつんとぶつけてしまった。
「いった・・・」
「なあ、今声聞こえなかったか?」
「さあ・・・」
足音が近づいてくる。
「絶対喋んなよ」
小声で言われて、次の瞬間、土方の胸に押しつけられた。
背中にぎゅっと腕が回る。
(え、ちょ、もしかして、)
(・・・あたし、抱きしめられてる?)
自覚すると急に恥ずかしさがこみあげてきたが、こんな状況にある以上、迂闊に身動きはできない。
詩音は観念して、息を潜めた。
すると。
(あれ、)
心臓が、どくどくと速い。
自分のは自覚済みだ、でもこれは。
(ト、シ・・・?)
そっと見上げると、土方は不自然に首を横に向けていた。
その頬が僅かに赤いのは、気のせいか、それとも。
二人の距離、0センチ
(警備員が去った後も)
(もう少しこのままでいたいなんて思うあたしはきっと、)
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