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日向の君に告ぐ





これのつづき。





振り下ろした切っ先はその持ち主と同じく、事務的に無感情に人体を刻んでいく。


始めのうちこそ鋭く身体を切り裂いていた刃は脂でその輝きを鈍らせ、いい加減一撃で止めを刺すのも難しくなってきた。つい舌打ちを溢しつつ手首をしならせ、刀身についた脂と血と肉片を遠心力で少しだけ吹き飛ばして前方の人影にちらりと視線を送る。
あと、二人。
困惑と怯えで歪んでいる顔にはどれも見覚えがあって、向こうもだからこそそんな顔をしているんじゃないかと思った。あいつらは、ほんの数ヶ月前まで演じていた気さくで仲間思いな俺と、俺の剣の腕を知っているから。

「ユーズ、様」

「もう様付けなんかいらへんって。もう俺、自分らの仲間と違うんやから」

あいつが家族みたいに可愛がって育ててきた兵士達だから、そんな顔を自分がさせていることにほんの少し罪悪感を覚える。と、同時にぞくぞく背筋を駆け上がる何か。こいつらの屍とその血肉のこびりついた得物を携えた俺はあいつの瞳にどんな風に映るんだろう。あいつは、なにを思ってどんな顔をしてくれるのだろう。

「堪忍なぁ。でも自分ら、識に大事にされて、連れて行って貰って、そうやって俺よりずっとあいつの近くにいつまでも当たり前みたいなかおして居られるんやろ?それが、許せへんから。せやから、しゃーないんやで。識にあいされてる自分らを、」

踏み込んだ瞬間にやや手応えを残してひとりの背中へと突き抜けた切っ先が、あかく鈍く光る。断末魔を上げることも出来ず小さく痙攣する身体を力いっぱい蹴り飛ばすようにして刀を引き抜いた。
あと、一人。
そういえばさっきこいつらは非常事態の救援信号を出していたような気がしたのだけど、まだこいつらの敬愛する救世主は現れない。

「俺の届かへんところに居るしあわせモンな自分らを恨んで、死ね」



最後のひとりになっても、万が一にすら勝ち目が無くても逃げ出さないあたりは流石あいつの部下だなぁなんて他人事のように感心しながら一閃、薙ごうとした刃が何かに弾かれ僅かに軌道を変えた。
ああ残念、ギリギリあいつは間に合ってしまったらしい。
飛刀のとんできた先にいたそいつの久しぶりに眺めたかおはに浮かんでたのは、今まで向けられたことのないような強張った、怒り。

「なに、してるんですか。もう勝敗はついてるじゃないですか。こんな、皆殺しにする必要なんか。無駄な命は散らすんじゃないって、教えてくれたのは師匠じゃないですか!」

何ヵ月振りかに確認したその姿に、つい表情が緩んだ。表情だけじゃない、今まで自分でも信じられないくらい淡々と冷えきっていた感情も、じわりと融けていく。自分を最悪のかたちで裏切ったこいつだけどやっぱり愛しいなあなんて改めて、もしかしたらその感情を隠すのに必死だった昔以上に実感した。
俺は、こんなにもこいつが好きでああ姿が見れるだけで声が聴けるだけでほらこんなにも幸せ、で。隣に居られるだけで師として慕ってくれるだけでよかったのに。ある日こいつが何も言わずに勝手に居なくなって突然そんな小さな唯一の幸せすらなくしてしまったからもう、俺は。

「っ、止めてください、師匠、駄目、ですって、どうして……ッ」

さっき感じた罪悪感は、もうどこかに消えてしまった。遠く聴こえる識の悲鳴をぼんやり聴きつつ残っていた最後のひとりの喉を切り裂いて漸く、俺は識とふたりきりになる。
噴き出す体液の向こうで唖然としたかおをしているこいつから、あとどれだけのものを奪えば良いのだろうか。


「どうして、やて?それは俺の台詞やろ。どうして、なんにも話してくれへんかったん。どうして、なぁ、どうして」

数日間このあたりに雨は降っていないのに。踏み出した足元、靴底の向こうに、濡れた砂のような感触。視線を落とすと成程、あかい体液と肉塊から溢れた肉片で、周辺の地面が濡れている。
可哀想に。こいつの部下じゃなければ、こいつについてさえ行かなければとりあえずここで土を潤すだけなんて犬死にはしないで済んだのに。

「俺は、ずっと、ずぅっと。識が笑っててくれればええ、幸せならええ。そう思って、なんにも言わずにえぇ師匠として、隣に居たんやけど」

数歩、近付いたところで識が、刀を抜く。剥き出しの警戒心が少しだけ、痛い。
そうなったところで負けるつもりは全くないけど、別にこいつと斬り合いがしたいわけじゃない。鞘に収める気分には到底なれない汚れた刃を地面に突き立て、その柄から指先を離した。

「そうやって。ちっさい幸せで我慢してきた結果が、これや」

それでも構えと警戒を崩さないこいつについ、苦笑いが漏れる。
ずっと年月をかけて積み上げてきたこいつからの信頼がこの無惨な光景のせいで崩れたのか、それともそもそも信頼なんかなくてだから俺になにも言わずに消えたのか。
また一歩。踏み出すと、識は同じだけ後退した。縮まらないこれが、俺と識との色んな意味での距離そのものを示しているみたいで不意に。込み上げる、喉に詰まりそうな息苦しさ。

「識。なあ、しき」

近付く度に後退られてしまうなら、どうすれば良いのか。
簡単だ、後退る場所を無くせばいい。前後左右全てから追い詰めて、精神的にも肉体的にも孤立させてしまえばあとは、自分が詰め寄れば距離は縮むより他に無い、と。
こいつをなくして絶望していた俺に、こいつとも仲が良かった銀髪の部下が与えてくれた、希望と呼ぶには余りにも暗いそれに。もうこれ以上何も考えずに、身を委ねてしまおう、か。

「全部。識が余所見出来んように、何処にも行けへんように全部、俺が潰すから。識は、俺だけ見てくれればええ。俺だけあいしてくれれば、ええ」

悲しそうに歪んだあいつの顔を見ても、もうどこも痛まない。
痛まないことが痛いような気がしたのは一瞬で、心は直ぐに安穏とは真逆の方向に静かに、凪いでいく。
大事にしたかった唯一をなくしたあの日に。俺は、きっと。


「……好きや、しき。あいしてる」

(お前の知っている俺は。あの日、死んだよ)


***



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