八:ところにより雷雨


 馴染みのない旅行バッグを左手にぶら下げたレオが、雰囲気のあるカウンターでチェックアウトの手続きをする。その背中をぼんやりと見つめながら、耳だけで波の音を聴く。ずっと使っていたあの旅行バッグは、就職してから初めての出張予定が入った直後に奮発して買ったんだったっけ。行き先なんて考えなくてもわかる──そこまで考えて、ようやく、思い出さなくてもよかっただろうことを思い出してしまった。あのバッグの底に押し込んで隠した避妊具のパッケージの残像が、頭の中にぼんやりと浮かぶ。あれは──瀬名先輩が大阪まで来てくれた証明のような避妊具は、バッグと一緒に私の元から消えた。

 帰りの道中の景色なんて、ひとつも覚えていない。

* * *

「うっちゅ〜」
「久しぶり〜。旅行はどうだった?」
 Knightsメンバーの集まるスタジオで、ソファに寝込んで足を投げ出した体勢のリッツが笑っておれを見上げた。ナルはたぶん、おれにわからないようにそっと目を逸らした。スオ〜は手元の楽譜から顔を上げ、感情の読みにくい微笑みを浮かべた。セナは革張りのソファに深く腰を沈めながら、「いいリフレッシュになったなら早く新曲書いてよねえ」と、普段通りの口調で投げた。
「ずっと波の音が聴こえてて、夢ノ咲に戻ったみたいだった!あと、そうそう、ちょっと待って」
 意図なんてきっと言わずともわかるだろう。おれは背後の扉から顔だけ出して、伴ってきた"妻" の名前を呼ぶ。ナルが小さく「連れてきたのね」と呟いたのが聞こえた。
「お土産!」
 おれがぶら下げる紙袋一つと、"妻" が抱える紙袋三つ。スタジオにいる関係者全員に配れるよう充分な数を用意したそれを、"妻" の背中に手を回して、配るよう促した。
「好みに合うといいんだけど」
 そう言う"妻"の声が僅かに震えている。
「ありがと〜」リッツが小さな包装を受け取って、体を起こした。
「ありがとうございます」スオ〜が両手で恭しく受け取って、早速開封を始めた。
「あら、これって確かリップクリーム?SNSで話題になってたわよね」ナルが包装を見ただけで中身を言い当て、嬉しそうに袋から出したそれの蓋を外した。
「……ありがと」セナは、静かにそれを受け取って、中身も見ずにカバンの中に仕舞った。
「お姉様は今日仕事はお休みですか?」
「ううん。これから出社するつもり」
 何気ない会話の中で、セナの声が飛び込んだ。
「…アン……奥さん、王様のこと甘やかしすぎないでよね」
 きっといつも通り「アンタ」と言いたかっただろう唇は、セナの理性で違う言葉に置き変わった。セナはそれ以上言葉を発さず、目線も上げない。ただ、リッツとナルとスオ〜が目だけでセナを伺う中、"妻" の指先が震えるのを、見た。



次話
Main content




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -