4:交錯

 同じ高専に通っているというのにあれきり校内で、あるいは校舎の外で先輩を見ることがなくなった。避けられているんじゃないかと不安に思って尚、そのひとつの疑問でさえも本人に問いただすことが出来ない。あの夜が、あの時の先輩が、全部が夢だったような心もとなさを抱え込みながら、制服を着て拡声器を手に持った。

* * *

「うぉーい、棘ー」
 軽やかなステップに巨体を揺らして、パンダが自分に手を振る。パンダの先には真希が立っている。こっちを見やった気もするが、腕を組んで知らぬ存ぜぬの雰囲気でどこかを眺めている。それでも足を止めているところを見るに、自分の合流を待っているのだということがありありとわかる。寮から高専への道すがら、ここに来るまで当たり前じゃなかった当たり前の光景だ。思わず地面を蹴って、小走りに二人の元へ向かう。
「棘今日一人任務だろ」
「しゃけ」
「気ィつけろよ」
「しゃけ。……? 」
 普段ならあまり聞かない、静けさを湛えた「気をつけろ」に首を傾げた。
「ここ数日の棘は集中に波があるからな。真希も心配してんだ」
「してねぇよ、別に」
 本当に心配が滲む声に、心から申し訳なくなった。集中していない訳ではないけど、確かに注意が一瞬でも呪霊から逸れるのは事実だった。全部、先輩のせいだ。たぶん二人はわかっている。わかっていて尚、言えるはずなのに言ってこない。
「ツナマヨ」
「……おう」
 真希がぶっきらぼうに頬をかいて言う。
「いいってことよ。にしても "ありがとう" なんて随分素直だな」
 パンダは照れ隠しかわざとらしい大きな声で言い、自分の背中を二回叩いた。
 二人と別れて、任務へ向かうべく車へと向かう。運転席の補助監督が、スマホを何やら操作しながら、自分に気づいて片手を上げた。小さく会釈して、後部座席に体を滑り込ませる。荷物の中、一番上に拡声器があることをそのシルエットから確認して、息を吐いた。心なしか体と心が少し軽くなっている。

* * *

 一人任務の帰り、車を止めてもらい、のど薬を買いにドラッグストアに寄った。すっかりのど薬の成分に詳しくなった。年中通して需要があるからだろう広いスペースを陣取る風邪薬のコーナーで、陳列されているのど薬の中からとりあえず今のところ一番効いている実感のある箱を手に取った。そのままレジの方へと足を進める。その中で、ふとあるアイデアが脳裏をよぎる。──突然だけど 、"高専" というカテゴリは一般人の頭にすぐは浮かばないだろう。自分を見て他人が思うのはよくて "高校生" だ。制服姿の "高校生" が購入して、何か言われたりはしないだろうか。──まあ、いいか。どうせここにはよっぽどじゃなければもう来ない。踵を返して、天井から吊るされている各コーナー名の看板を視線で辿った。のど薬とは違って探したことのない棚だから、少し時間がかかる。予想はしていたけど、そのまんまのコーナー名が吊るされている訳もなく、結局目当ての品は "衛生用品" の看板の下、その棚の一番端にひっそりと並んでいた。何がいいのか悪いのかわからず、とりあえず適当な箱を手に取る。せめてもの抵抗として、なぜだかのど薬の後ろに重ねて片手で掴みレジへと向かう。幸いなことにレジで何か咎められたり好奇心で顔を見られたりすることはなく、購入したビニール袋と一緒にカゴに入れられて渡された。さっさとビニール袋に二つを放り込み、店を出る。足早に車の後部座席に乗り込む時、思わず上着の中に袋を隠した。自分はとうとう出来心で避妊具を買った。その事実がひたすらに、自分の心臓の音を速くさせる。

 自分の恋を自覚した日は雨が降っていた。実のない "好き" を浴びせられ続けた日々で、単純にも視線は先輩を探すようになって、耳は声を聞き逃すまいと過敏になって、体全部が先輩の気配を感じ取ろうと張り詰めた。その一日一日の疲労が消えた日のことだ。自覚すると同時に、それまでの疲労感が消えた。そうして代わりにやってきたのは言いようのない焦燥感と恐怖。全くお呼びじゃない感情が、勝手にやってきて勝手に自分の心臓をコントロールして、勝手に思考回路を書き換えた。窓の外で雨が降っていた。ほかの音が聞こえないほどに。寮の屋根や壁を雨が叩く音と、風が木々と土を揺らし、強い雨脚がそれらを濡らして荒らす音だけが聞こえる部屋の中、自分はようやく、恐怖の正体を知った。
 自分は今でも、天気予報で雨マークを見る度に、その日のことを思い出す。



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