LII:答え合わせについて
『あんたは、本当はどう思ってて、本当はどうしたいの? 』
瀬名先輩は確かに、息遣いの中でそう言った。きっとずっと私に言いたかった、聞きたかったことなんだろうと思う。
望んでいたあり方について、少しだけ考えをめぐらせた。結婚という制度を、私は本当に必要としていたのか。でも、その相手がレオであることには、大きな意味があった。
あの学び舎でレオが受けた屈辱ややるせなさ、折れて粉々になった心、それを掬いあげて、前に、後ろに、そして隣に居続けることを選んだ、選び続けた瀬名先輩。武勇伝になんて今後も絶対になり得ない、崩折れた一人の男の子の物語。そして今に続く、たぶんなんでもない日々の物語。その中に、何故だか私の居場所ができてしまった。きっとそれは、レオのせいではなく、瀬名先輩のせいだった。
唇を噛み締めた。奥歯が小さく悲鳴をあげた。鼻の奥がツンとする。
レオと私の二人を取り巻く温度は低かった。幸福感が滲まない婚姻届を書き終えた時にそっけなく渡された指輪は、今ではすっかり部屋の引き出しの奥に追いやられている。レオが買ってきたのであろう、プラチナの指輪。レオのその時の気持ちなんて、私には到底わからない。レオが外さないでいる傷だらけの結婚指輪と、日の目を見ることのほとんどない私の結婚指輪。それでも確かなことが一つだけある。
─── 私は、この人のそばにいなければいけなかった。
それこそが、恐らく瀬名先輩から受け取ってしまった想いと、そこから芽吹いてしまった想いの結果だった。
瀬名先輩は何度も、口癖のように言った。「今度は、傍にいてやりたいんだよねえ」。切実な、守りきれなかったことを悔やむ響きだ。それでも、未来永劫物理的に一緒にい続けることは出来ない。瀬名先輩がレオを大切に想う気持ちは、変わらないどころかどんどんと深くなっていった。
二人がフィレンツェでの共同生活を経て、日本に戻ってきて、瀬名先輩と入れ替わるようにレオと私が一緒に住み始めた時、私達は法的には既に夫婦だった。
「傍にいてやりたい」その言葉が、その言葉だけが、頭から離れない。瀬名先輩にできないこと、私ならできること。
選択が正しいなんて一度も思ったことは無い。それでも、顔を上げた時のことを、私はよく覚えている。瀬名先輩は、傷ついた表情をしていた。それでも同時に、確かに安堵の色を浮かべていたのだ。
" これで、王さまが一人きりになることはない "
そう、" 二度目 " はない。瀬名先輩はそれでも私を遠ざけないで、けれど適切な距離を取ろうともしないで、私を抱きしめた。だから、私は自分を正しいと、そう思い込むことが出来る気がした。
私は瀬名先輩を信じている。私を好きだと言いながらも結局レオのことや自分のことを先に考えるような、私に『どうしたいの? 』と問うばかりで自分がどうしたいのかを口にしないような、瀬名先輩のその生き方を信じている。だからこそ、私を裏切ることはないと思っている。私を裏切った自分を許せなくなるのは、瀬名先輩だ。自分の醜悪さに嫌気が差す。それでも思うのだ。自分勝手に瀬名先輩の代わりにレオの傍にいることを選んだ私を抱きしめて、手放さないで、私に選ばせようとする瀬名先輩も、同じくらい酷いでしょう?
私が瀬名先輩と話している時の、嵐の切ないような微笑みの理由、凛月くんの感情を閉め出したような温度のない眼差しの理由、司くんの将来への希望を振り払うような意思の強い瞳の理由。
私は、なんでもできた。間違ってても、それがみんなの………瀬名先輩の望みなら、なんでもできた。