L:時計の針について


 どうしようもなく狼狽えている。自分が一番わかっているから、いま自分が一番に信じる人間たちに、情けなくも洗いざらいを吐くことにした。

「……あいつの旅行カバンの中から、コンドーム出てきた」
 しかしこんな話題はどんなタイミングで切り出せばいいのだろうか。それでもおれたちの"やり直し"を勧めてくれたリッツや、味方だと言ってくれたセナのこと、いつ切り出したとしても、話を聞いてくれるはずだ。
「……………あいつって、 "あいつ" ? 」
 リッツが怪訝な表情で、そっと確認する。おれは当然頷いた。"うん" とか "ああ" とか言いたかったのに、喉が張り付いて声が出なかった。
「……その相手は、Leaderではないのですか? 」
 その場が静まり返って、空調機器の低い唸り声だけが響いている。それが耳障りで、思わず眉をしかめた。
「おれじゃ、ない」
 そうはっきりと言えるのは、あいつとのセックスではいつもおれが主導権を握っていたからだ。合意の上で主導権を握っていた訳ではない。以前不倫騒ぎを取り扱っていた女性誌を流し読みした時、夫婦間にも性的なDVは存在するのだという記事があった気がして、はっきりと口にしたあと視線を床に逸らした。
「それは、子どもが欲しいからって訳ではなさそうだねぇ」
 リッツがなんでもない事のように言う。子ども、どうなんだろうか。できても困らない気はするけど、特に欲しいと思ったこともない。いつだって目の前のことだけがおれを追い立ててきた。
「………まあ、夫婦なんだし」
 おれの沈黙をどう受けとったのか、セナがため息混じりに口にした。おれを慰める響きのようにも、責める響きのようにも聞こえる。責める響きに聞こえてしまうのはきっと、おれ自身に胸を張って言えない後暗いところがあるからだろう。
「あら、でも旅行用のバッグなら、ふたりで旅行にでも行った時に入れっぱなしだったってこともあるじゃない」
「ふたりで旅行なんか、」
 みんな、たぶん本当におれを励まそうとしてるんだと思う。何かの勘違いだと、早とちりするなと、そういう響きを言外に感じ取っている。けれどとうとう、だれも何も言わなくなった。そのことで、相変わらず空調の音だけがこだまする室内で、おれはようやく、おれとあいつのいびつな状況を、メンバーみんながそれぞれに気づいていたことを知った。

*

 夫婦って一体なんだろう。昔はもっと神聖化してた気がする。けど、実際はどうにもならないがんじがらめの契約のようにも見える。

 とくべつ気にもならないというかあまり知りたくもない王さまの性事情を僅かでも思考して、そうしたら彼女の怒りとか悲しさだとか、そういう感情の発露をはっきりと脳裏に浮かべることが出来た。以前の王さまが彼女を大切に抱くのは確かにうまく想像できないけど、それでも酷いことはしないだろうと思っていた。………願ってた。けれど、どうやらその願いは裏切られてたのかもしれない。
「……じゃあもし、そのコンドームが王さまと使う物じゃなかったとして、王さまはどうするの? 」
 わかりやすく狼狽えて視線を泳がせる王さまが、何度か浅く呼吸してから、ちいさく呟いた。
「………これから先も、一緒にいたいって思ってるのはおれだけなのかもって」
 ───ああ、とうとう王さまは、たった一つの答えを見つけてしまったらしい。
「自信がなくなった、ということでしょうか?」
「だっておれ、あいつが指輪してるとこ見たことないから」
「……え? 」
 その瞬間、テーブルを囲んでいた四人の視線が俺に向かった気がした。
「え? って、セナ、……あいつが指輪してるとこ見たことあるのか? 」
 当然、記憶に鮮明だ。薄暗いレストランで、絶望的な気持ちで見つめた彼女の左手の薬指。そこには、蝋燭の灯りに浮かび上がる指輪があった。
「……セナ」
「………記憶違いかも」
 思いのほか動揺した。彼女の指輪をはっきりと覚えている自分と、俺と二人での食事にわざわざ指輪をしてきたかもしれない彼女に対して、心臓が不気味なほど鼓動する。
「セナ! 思い出して! 」
 必死の顔の王様が、俺の腕を掴んだ。
「……前の対談の時、指輪してた気がするけどぉ」
「あら、そういえばあの子のとこのモデルと対談してたわね」
 ナルくんの援護射撃に、背筋に嫌なものが走った。普通、このタイミングで、こんなに俺に都合のいいフォローをするものだろうか? 安堵しつつも、心臓の音は止まらず、むしろどんどん大きくなっていくような気がする。足先が冷たい。
「……以前騒ぎもありましたし、仕事の時には身につけていらっしゃるのかもしれませんね」
 かさくんの、感情を感じさせない、あまりにも穏やかで柔らかい声が、この場に似つかわしくなく響いた。
「そうだねえ。王様は指輪のことより、コンドームのこと心配した方がいいんじゃない?」
 頬杖をついたくまくんも、表情を変えないかさくんの言葉に乗っかった。けれどくまくんの瞳は、まるで眩しいものを見るように柔らかく細められている。なるくんの表情は相反して強ばって、俺はとうとう、くまくんとなるくんが望んでいたものをうっすらとでも理解した。







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