XLVII:造形について


 真っ白な楽譜に向かい合って、オタマジャクシを何匹か生み出したあと、そいつらをブラックホールで塗りつぶす。あれほど居心地の悪かったリビングルームは随分息がしやすくなった。大きくせり出したベランダとの間の大きな窓を開け放して、カーテンの裾が踊るのをぼんやりと見つめる。不意に大きく室内に入り込んだ風が、楽譜を舞いあげてバラバラにした。

 結局、謝罪もお礼も、何一つ言えないままだ。" 間違い探し " もそう。セナに言われた言葉を何度も何度も反芻した。俺だけが間違えてること、というそのセンテンスだけが頭に残る。けれど謝るのも違う気がする。あの間違い探しを投げ掛けたこと自体は、たぶん、間違っていなかった。結果としておれはたぶん、ようやくあいつの心に触れた。

 だからおれは、楽譜に向かい合うことにした。例えば『どこかのだれか』のためじゃなく、おれが作りたいから作っただけの曲じゃなく、あいつのための、それだけの曲を書けるなら。そうしたらようやく自分の間違いを受け入れて、あいつとちゃんと、これからのために向き合える気がする。それはやっぱりこれまでと変わらない逃げの姿勢なのかもしれない。
 リビングに散らばった楽譜を視界に入れながら、目を細めた。おれがいま作りたい曲の名前を、必死に探している。

*

 いつか夢を見たことがある。とてもしあわせな、しあわせな夢。もちろん比喩ではないから、眠っているあいだの夢の話ではない。けれど幸福な夢を想像しても、現実の懸案をひとつずつ脳裏で読み上げていく度に、幸福の威力は少しずつ衰えていくのだ。だから、夢は現実にならない。
 現実にするための選択肢はあった。それでもいま、もしその選択肢を並べられたら、私はたぶん今と同じ選択をするだろう。夢を見た。夢を見る。レオが発した " 間違い探し " の意図はわからない。間違いがあったとしたら、始まりからの何もかも、だ。知っていても尚、私は同じ局面で同じ選択をする。たぶんそれは、私にとっては間違いではないということではないか。
 そうして、しあわせな夢から現実に意識を戻して、切なくなる。左手の薬指を撫でて、顔を伏せた。







次話
Main content




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -