XLVI:玉座について


「………俺は、反対」
 思いがけず、そう口にしたのは瀬名先輩でした。レコーディングも大詰めを迎えた比較的穏やかな空気がピンと張りつめて、Leaderを除いた三人が瀬名先輩を真っ直ぐに見つめます。
 結局瀬名先輩はそれ以上のことは口にせず、鳴上先輩も、凛月先輩も、なにかを言うことはありませんでした。ただお二人は、視線だけで怪訝な胸の内を瀬名先輩に伝えていました。

*

「一度、ほかの作曲家を使ってみるのはどうかしら?」
 王さまが作った曲のレコーディング作業も終盤に差し掛かった頃、丁度王さまが席を外したそのタイミングを見計らって、ナッちゃんが言った。世間話というほど気楽な話し方ではなく、かと言って重大な話をするような固さはない。微妙な温度感にどう反応したものか悩む俺たち三人を前に、ナッちゃんはわざとらしい穏やかな口調で、滑らかに話を続ける。
「アタシたちの曲はずっと王さまが作ってきたわ。王さまはどんなに忙しくても、アタシたちのために曲を作り続けてくれた。……でも、本当にそれでいいのかしら」
 素直なス〜ちゃんが、ナッちゃんの言葉に真摯に耳を傾けている。
「このままだといつまでも、Knightsは “ 月永レオ ” のイメージだわ」
 ナッちゃんの話はなるほど、これからのKnightsを懸念した内容のように聞こえる。王さまのイメージに囚われて、王さま以外の作曲家の曲を歌えないアイドルグループに、これからも価値はあり続けるのか。確かに重要な問題提起にも思える。それでも違和感が拭えないのは、俺自身がナッちゃんの真意を図りかねているからだと思う。
「Knightsとして、ステップアップしたいのよ。……それが必要な時期に来ていると思う」
 ナッちゃんはナッちゃんなりに言葉を選んだはずだ。付き合いは長いし、言わんとしていることはわかる。けれど愚かなまでに素直なス〜ちゃんは、ナッちゃんの言葉を正確に解釈して、正確に口にした。
「鳴上先輩の懸念は、Knightsの方向性の主導権の全てをLeaderが握っていることへの懸念でしょうか」
 王さまが不調なら、Knightsに対する評価も不調に終わる。それは紛れもない事実だ。その逆も然り、王さまが好調ならKnightsへの評価も上がる。
「アタシたちへの評価は、ずっと王さまに引っ張られ続ける。……王さまが好きよ。王さまの曲も。でも、このまま王さまの庇護下で歌い続けることが、怖いのよ」
 歌、そしてパフォーマンス。熱狂的な──盲目的なファンはどんなKnightsでも受け入れてくれる。でも、その結果がKnightsの売り上げの低下に繋がっていった。それでも人はKnightsへの批判はさほど発信しない。SNSでは『月永レオ』の曲に対する批評が増えていった。
 横目にセッちゃんを見やる。セッちゃんはミネラルウォーターがたっぷり残ったペットボトルを片手に、静かに瞼を伏せている。
 
 セッちゃんにとっては、ナッちゃんの提案は魅力的なはずだ。物理的にも心理的にも王さまから離れることができる。………そこまで思い至ってから、ナッちゃんの狙いもそこにあるんじゃないかと考えついた。ナッちゃんが、彼女とセッちゃんのことを応援してるのは知ってる。王さまへの依存度が低くなれば、確かにセッちゃんの選択肢も広がるだろう。
 背筋に嫌なものが伝った。一度あんな風に壊れて、それでも継ぎ接ぎと新しい雛王を擁して動き始めて、そして今確固たるポジションでスポットライトを浴びるKnightsを、王さまから奪うつもり? そう言ってしまいたいのに、少し前にス〜ちゃんに打ち明けてしまった秘密のせいで下手なことを言えずにいた。

*

 和やかなムードから一転して張り詰めた空気に変わった室内で、司ちゃんと凛月ちゃんがアタシと泉ちゃんを視線だけで交互に見ている。なにかを言おうとしてはきれいな唇を引き結ぶ。司ちゃんのさっきの発言を思えば、たぶんアタシの提案に司ちゃんは揺れている。不倫騒ぎの時にこれでもかと言うくらいに突きつけられた、Knightsへの評価の低下。司ちゃんはその理由をきちんと理解している。勿論、凛月ちゃんも泉ちゃんも、理解はしているはず。けれど誰も言えなかった。言えるはずがない。だって二人は、アタシと司ちゃんが知らない、王さまの根幹を揺るがした当時のことを、その目できちんと見てきたから。
 損な役回りだとも思う。けれど誰かが言わなくちゃいけなかったし、その役目を泉ちゃんや凛月ちゃんに押し付けることは出来なかった。二人のどちらかがそれを言ってしまえば、それは議論になんて発展しない、決定事項になる。………いえ、凛月ちゃんは、そうでもないかもしれないけど。打算もある。いまのKnightsは王さまに依存しきっている。それを、適切な距離にしたい。……泉ちゃんとあの子のためにも。
 ほとんど祈るような気持ちで、けれどそれを決して悟られないよう、目を伏せた。そしてゆっくりと息を吐いてから、努めて穏やかな表情を装って顔を上げ、四人をぐるりと見渡す。目が合った泉ちゃんが、浅い息を吐き出してから静かに沈黙を破った。
「………Knightsはずっと五人だった。王さまがメンバーから外れても、それでも王さまも含めてKnightsなんじゃないの? ………だから、」
 泉ちゃんは、アタシよりもずっと穏やかで、呼吸するように自然にそう口にして、そして顔を上げた。
「………俺は、反対」
 司ちゃんが、膝の上で拳を握ったのが、視界の端に映る。その表情からは感情が読み取れない。昔は感情が分かりやすかったのに、と思う。結局みんな、あの頃のままではいられない。不意に郷愁が胸を突いて、口を噤んだ。あの頃のままではいられないのに、それでも王さまを大切にし続けようとする泉ちゃんの心中を想像する。ねえ、泉ちゃん。あなた、これからどうするの?







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