XXXVIII:約束について



 混濁した意識の中で送ったメッセージには、とうとう返信はなかった。そもそも既読を知らせるマークもつかなかった。いつの間にか眠ってしまったおれは、ふと額の冷たさに瞼を開けた。
「………起こした?」
 静かな声が耳に届く。
「スマホ、部屋に忘れてて」
 静かで、固い声だ。その手には冷却ジェルシートの包み紙がある。思わず、その手を掴んだ。
「レオ」
「…………ごめん、抱かせて」

 すっかりおれの汗を吸い込んだせいで肌に張り付く不快なシーツの上に押し付けた身体が、ただひたすら温かい。まだぼんやりとしたままの頭では、何もかも思考することができない。それでも、たったひとつ、いまこの存在を自分が渇望していることはわかる。帰宅して、忘れていった自分の携帯通信端末を取り上げて確認して、そして冷却ジェルシートと体温計とスポーツドリンクのボトルを手におれの部屋を訪れたひと。固くした身体を組み敷きながら、ベッドの横に転がるボトルと、ケースから取り出された体温計と、冷却ジェルシートの箱を視界に入れる。この感情は、一体なんだというのか。

*

 レオの腕は汗ばんでいた。上気して潤んだ瞳が、真っ直ぐに私の視線を捕まえた。耳元に、首すじに、鎖骨に、そして手のひらに、レオが唇を寄せた。記憶にない、優しい手つきで私の肌に触れるレオの手と、時折不安げに揺れる眼差し。胸に触れて、そこに頬を寄せて、そして心底安心したように眉間を緩めた。
「ごめん」
 レオがなにに対してなのかわからない謝罪をうわ言のように口にして、身体を起こした。両手で私の脚を開いて、そっと内ももに唇を落とすその眼差しに、背筋に嫌なものを感じる。
「レオ、やめ」
 何が起こるか確信して制止する声は間に合わず、レオは下着越しに、そこに口付けた。指先が下着の隙間からいとも容易く侵入して、控えめに動く。
「……、!」
 再びゆっくりと上半身を起こしたレオが、上からのしかかって、これまでに一切記憶が無いほど優しく、私のからだを抱き締めた。
 ふと、頬のあたりに水が伝った。レオの汗でも、私の汗でも、なかった。それは確かに、私の涙だった。

 レオが唇を引き結んで私のからだを解放してから、「熱が上がりそうだ」と柔らかい声色で呟いた。それからまた「ごめん」と言った。体力的に限界だったのだろう。まどろみ始めた瞳で、レオは私の前髪に触れた。
 そしていま、私は自室で、婚姻の証の指輪を左手の薬指に嵌めている。レオの部屋で何も言えずに、ただ汗ばんで冷えたレオの体に新しいTシャツを着せて、シーツを取り替えて、布団を掛けた。その時のレオの表情が、頭から離れない。部屋の電気に照らされて、指輪が煌めいている。ほとんど身につけない、レオとの婚姻の証。お互いに思い入れのないアイテムだ。そのはずなのに、レオは指輪を外すことがない。肌に触れる指先の優しさが、どうしても頭から離れない。離れてくれない。それがなぜだか恐ろしくて、指輪を嵌めた左手を抱き締めた。



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