XXXVII:獅子の心臓について



 街中で何気なく流れ続ける音楽に耳を傾ける。世界には音楽が、音が溢れている。無意識に頭の中で組み立てられていく楽譜の、その音符の羅列に足を止めた。瞼を閉じて空を仰ぐ。ピアノ・ソナタ第11番。おれのきらいな、もしかしたら羨ましい、モーツァルト。



*



 娯楽のために観ることはないテレビ番組を、「勉強のため」に眺める。つまらなくても、自分自身が笑う要素を一切見出せなくても、全てがKnightsの未来に繋がると信じるからだ。軽快で繊細なアイネ・クライネ・ナハトムジークをバックに、随分前に愛想笑いを返した記憶の残る芸人が早口で応酬している。ひとつのちいさな夜曲、セレナード第13番。静かに、ゆっくりとゆっくりと胸の中を浸食するのは、王さまの、俺たちの当たり前だった世界が壊れる前の記憶だ。世界が壊れ、王さまが地に膝をついて、途方もない時間を「早めに死んじゃった方がいいんじゃない」かと思うように過ごしていた王さま。代理で決闘してあげようと決めたあの日から、目まぐるしく日々は過ぎてしまった。『チェス』が内部分裂した時、俺たちが作ったKnightsが生き残った時、ナイトキラーズとKnightsの対峙。わざわざ指を折らずとも、思いを馳せなくとも、王さまとの全てをすぐに思い出せる。忘れようとして忘れることができるのなら、どんなに楽だろうか。
 今でもずっと、心の奥底とそして自分のためだけに整え続ける自宅のいちばん大切なところに鎮座する古いカセットテープの存在は、これまでもこれからも俺のことを支えて、そして責め続けるのだ。
「ひとつの、ちいさな、せないずみ」
 一度、唇に乗せた。あれから月日が経って、あっという間のように思うのに、その間にカセットテープの再生用機器は市場からほぼ姿を消した。

 れおくん、王さま、れおくん。
 俺には、れおくんをれおくんと呼ぶ資格がない。そのことを、今更ながらに痛切に感じた。もう二度と好きだとも綺麗だとも言われなくても、それでも手に入れたいものについて、ぼんやりと忍び寄ってくる陽気が広がりつつある自宅内で僅かに考えを巡らせた。


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