XXXV:地平線について



 変わったこと、と言えばとても簡単な響きに聞こえる。正確に言うなら、変えたこと、だ。

 家の中で、意識してあいつの気配を探す。少し前には居心地の悪さすら感じたというのに、今になってその気配を探す自分があまりにも滑稽で、「バカだ」と独りごちた。
 カレンダーの殴り書き、あいつが選んだカーテン、店員に勧められるがまま買ったペアのマグカップは、いつの間にか一つが消えていた。食器棚をよく見てみれば、たぶん揃いだったと思しき食器たちがバラバラになって、辛うじて残っているペアの食器は重ねられたまま棚の奥に追いやられている。
 
 ため息をついた。言いようのない感情に、体の横で拳を握った。
 あいつの安堵が混じった穏やかな眼差し、セナの穏やかでいとおしむような眼差し。心臓が痛む。もし、セナがあいつのことを好きだとしたら、おれは一体どうするんだろうか。そこまで考えてから、深呼吸した。そんなありえないことを考えている時間があるなら、おれはあいつと向き合うべきだ。セナはあれで世話焼きだ。あいつのことなんて、かわいい妹分としか思っていないだろう。


*


 朝、夜。顔を合わせれば、レオは「おはよう」と言う。「おやすみ」と言う。少し躊躇って、時には複雑な顔つきで、あるいは穏やかな微笑みを浮かべて。顔を合わさない日、メッセージアプリが私に通知を届ける。『おはよう。気をつけて』『おはよう。今日も頑張れ〜』、『おやすみ。良い夢を』『おやすみ。また明日』。

 息を殺して生活していた自宅の中が、ゆっくりと変化していく。その変化は、私にとってはあまりにも暴力的だった。

 乗車率が百パーセントを超える電車の中で、今日もレオからのメッセージが届く。『おはよう。今夜は雨らしい』。バッグに入れ忘れた折り畳み傘を思い浮かべた。ぎゅうぎゅうに狭い電車の中、携帯通信端末の画面上に指を滑らせる。『おはよう。ありがとう』。すぐに既読を知らせるマークがついた。画面を消灯して、通信端末をバッグに放り込んだ。


*


 この曲を通して伝えたいことは一体なんだろう、と自宅のソファに座ってぼんやりと考える。今は、与えられるがままに歌っていた頃とは違う。望まれていることはそんなことではない。なぞっただけの、上辺だけの言葉が滑り落ちていくような、そんな曲にはしたくない。王様が、れおくんがKnightsを守るために作った曲だ。
 ため息を吐いて、リモコンで曲を一時停止する。みんなはこの曲をどう解釈して、どんなことを伝えようと思っているのか。ソファから立ち上がって、携帯通信端末でメッセージアプリを起動する。素直な感性が欲しいな、と指先を滑らせてかさくんとのメッセージを呼び出した。
 開け放した窓から柔らかな風が入り込んで、ローテーブルの上の楽譜を舞い上がらせた。


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