XXI:行き先について



 宣言通りに2日休んだセナが復帰したその日、世間ではKnightsの名前が騒ぎ立てられた。既に昨日の時点で何が起こるかを知ってはいたが、それは想像以上の反響だった。

 並べられたゴシップ好きの週刊誌には、赤の他人の好奇心を誘う、センセーショナルな見出しが踊る。元モデルの人気男性アイドルのその醜聞を、色々な人が面白がり、哀れみ、あるいは怒りを隠すことなく騒ぎ立てた。インターネット上では、民法上の不法行為を犯したと勝手に断定した女性を、まるで人を殺したかのように、興奮を持って悪し様に言い募る言葉が氾濫した。

「あの子、大丈夫かしら」
 この事態を引き起こした張本人でもあるナルが、心底心配そうな顔をして俯いた。
「元はと言えばナッちゃんのせいでしょ」
 手元のグラスから伸びたストローを齧りながら、リッツがぞんざいな口調で言い放つ。途端に神妙な表情を浮かべたナルが、ちらっとどこかを一瞬だけ見たあと、大きく息を吐いた。
「……反省してるわ」
 スオ〜はしきりに携帯通信端末の画面を気にしている。今朝までは返事があったのだと言うその二人の間のメッセージ画面を映したまま、時々泣きそうになっている。
「……お姉様、大丈夫でしょうか」
 ぽつりと呟いた声が、思いのほかよく響いた。悲痛な響きのある、真っ直ぐな声だった。耳を澄まさなくても、今すぐにでもあいつに会いに行きたいのだとわかる声だった。
「お前らが思うほど、あいつは弱くないよ」
 口元まで持ってきたグラスを、息を吐きながらテーブルに置いて口にした。中に詰め込まれた氷が僅かに音を立てた。顔を上げたスオ〜の眼差しが、不安に揺れる。リッツは俺を見なかった。
「王様が思うほど強くもないよ」
 すぐ隣から耳に飛び込んできたのは、明らかに断定する声だった。それなのに、隣で言い放ったセナは俺を一切見なかった。
「あの子に強くいて欲しいって望んでるのは、れおくんだけだよ」
 静まり返ったスタジオの中で、セナが静かに部屋を出た。


*


 瀬名先輩の自宅を看病の名目で訪問したその翌日。出社するなりKnightsが所属する事務所から名指しで電話が掛かってきた。取り次いだ上司の緊張した眼差しから、何かが起きていることがわかった。
「はい、お電話代わりました」
『月永レオの奥様でしょうか』
 あまりにも直截で不躾な言い様に、内心で瞬間的にムッとする。けれど電話の向こう側は静かだった。
「……そうですが」
『単刀直入にお伝えします。昨晩奥様が弊社の所属タレント宅を訪問した件が、明日週刊誌に取り上げられます』
 過程も何も無い、淡々とした結果報告だ。
「昨晩は、昔なじみの付き合いもあって看病に伺っただけですが」
『存じております。既に瀬名、それから奥様に看病を依頼した鳴上からも同じ話を聞いております』
 既に個別に事実確認が済んだことを、改めて私に確認する意図を考えあぐねて、心臓が大きく脈打つ。" 昨晩は " 看病に伺っただけ、と私は言った。これまで瀬名先輩の家をプライベートで訪問したことはない。瀬名先輩が決めたそのルールに今ほど感謝したことはない。
「高校時代からの友人であり、Knightsの元リーダーかつ現作曲家・月永レオの妻、瀬名の性格を考えれば、恐らくこの上ない人選だったと思います」
 受話器の向こうで、「マネージャーが連絡に気づきながらも他の仕事が立て込んでいてすぐに対応できなかったことも一因です」と付け加える。
「それで、……私に何か要望があってお電話されてきたんですね」
『話が早くて助かります。週刊誌に取り上げられてもしばらくは、耐えて頂きたいのです』
「どういうことでしょう」
『既に入稿データは確認済みです。瀬名がKnights作曲家かつ学生時代からの友人である月永レオの妻と不倫している、という内容です』
 心臓がうるさくて、呼吸が浅くなるのを必死に堪える。受話器を持つ右手が少し震えた。左手で拳を握って、息を吐く。
「…………そんなこと」
『ええ、有り得ないとはわかっています。……Knightsの売上は少しずつ下がっています。この有り得ない話題を、弊社としては利用することにしました』
 息を飲んだ。あの5人のこれまでの努力を、積み重ねてきたものを、ほとんど根幹から揺るがしかねない判断だ。
「…………それが、御社内とKnightsメンバーの合意の上であるなら、」
 耳元で、大げさなほどの息を吐く音が聞こえて、ますます不快な気持ちになった。
『月永レオの妻であり、自分も芸能関係の会社に籍を置く、あなたなら理解していただけると思ってはいましたが、…………安心しました』

 その後の会話は、ほとんど記憶に残っていない。ただ、然るべきタイミングで事実を公表する、というそのフレーズだけが頭に残った。心臓がどんどんうるさくなっていく。これまでに二人で会ったホテル、すれ違った人、対応したスタッフ、そのどれもが突然牙をむく心地に、自業自得なのに足元がふらついた。


*


 ようやく繋がった電話の向こうでは、彼女のほんの少し沈んだ声が聞こえた。その奥からは、いくつかの電話の呼び出し音が響く。
「会社?」
『はい』
「……ごめん、大丈夫?」
『大丈夫』
 自分への誹謗中傷くらいはあまり気にしないように努めるであろう彼女が、会社に迷惑をかけている点において気落ちした様子だ。
「あんたの顔、モザイクが入ってて良かった」
『……そういえば、そうだね』
 事務所からの連絡では、今回の話題提供には彼女も承服していると伝えられた。彼女に何も言えるはずはない。思いもよらない話に、冷静に躱すなんて芸当は彼女にはできない。

「…………セナ、代わって」
 突然、背後から肩を叩かれた。その声にまさかと思いながら振り向く。そこには、彼女のことを心配する素振りも見せなかった王様が、神妙な面持ちで俺の携帯通信端末を指さしている。
「…………」
 少し、端末を耳から離す。ここで王様に代わっていいのかもわからない。もし王様が彼女を糾弾する言葉を発したら、もし、彼女が王様と話すことを嫌がっていたら。それでも王様は俺のことを見ないで、端末を奪い取った。
「聞こえるか?」
 彼女が何と返事をしたのかもわからない。
「俺の名前を出せ。それで、今回の件は俺が引き受ける」
 真っ直ぐな眼差しを窓の向こうに向けて、手入れされていないカサついた唇に真っ直ぐな言葉を乗せた王様が、「大丈夫だから」と付け足した。
「俺はKnightsの事務所と契約してるわけじゃないから、立場としては自由だ。……俺に任せていいよ」
 そうして王様は呆気なく、端末の終話ボタンらしき場所に触れた。
「セナ、」
 どきりとする。みんなからわざわざ離れて彼女に電話した俺に、王様は何を言うつもりなのか。けれど予想に反して、王様は至極静かに、笑って見せた。
「ありがとな」
 瞬間的に、身体中の血液が沸騰するような心地になった。表立って彼女を助ける術を持つ立場。あっさりとその手段を行使した王様は、何も知らずに俺にお礼を言って笑った。俺が持っていないものを持って、心配する言葉を口にしなかったのに、簡単に「大丈夫だから」と、「俺に任せていい」と、彼女を励ますことが出来る人間。
「……元は俺が熱出したせいだしねえ」
 ようやく口にできたのは、その言葉だけだった。普段通りの口振りだったか、そればかりが心配だ。


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