]:物語について



 愛されていると錯覚できるほどおめでたい頭はしていない。そこに愛があっても、困るだけだ。
 人に大切にされた記憶はある。それでも、大切にする方法はわからないまま。

 望んで入学したはずのあの学校で打ちのめされていろんなものを失って諦めて、その苦さが未だに胸に去来する。異質な鈍い光をまとったあいつは、あの場所で見たことのない女子生徒用の制服を着ていた。巻き込まれた人特有のお客さんみたいな眼差しと、それに似合わない真摯な他人との関わり方。
失って、心はぐちゃぐちゃに千切れて、それでもそばに居ようとしてくれたセナ。新しいものの象徴でもあったあいつ。俺が俺を再構築するための、ピースのひと欠片。

 ひとしきり吐いて、キッチンで水を飲んだ。誰もいない部屋、誰も俺を責めない部屋。カーテンの隙間から覗く月明かりが、カレンダーのあいつの文字をぼんやりと浮かび上がらせる。


*


「……、ぅ」
「、唇、噛んじゃだめだって言ってるでしょ」
 胸から顔を上げた瀬名先輩が、あまりにも優しい顔をして、男の人の指先で私の唇をひと撫でした。瀬名先輩がほんの少しでも動く度に、胎内から直接響く甘くて鈍い刺激に、思わず枕に爪を立てる。
「こっち」
 枕を掴む手が、瀬名先輩の手によってそっと引き剥がされる。その手が当たり前のように瀬名先輩の首の後ろに導かれて、多幸感でどうにかなってしまいそうだ。もう片方の腕も、それに倣って瀬名先輩の首の後ろに回した。少し力を込めて引き寄せたら、目前には額をうっすら汗に濡らした瀬名先輩が、眉尻を下げて口元だけで微笑んだ。
「っ、ん、」
「、は、」
 瀬名先輩のゆっくりした腰の動きに、体が縮こまる。ゆっくりと、ゆるやかな抽挿、足りない気がするのに、もっと長くとも思ってしまう。体温ばかりが上がって、視界がぼんやりする。
 ベッドの軋む音がほとんどしないセックス。時々腰を回されて、胎内がダイレクトに擦られる。白い布団の中から、小さく粘着質な音が聞こえる。ベッドに肘をついて息遣いを耐える瀬名先輩の眉間はとてもリラックスしているように見えるのに、その口元だけが辛そうに結ばれている。
「せ、んぱ」
「たまには、名前で呼んでみよっ、か」
 体を起こした瀬名先輩の、最後の言葉がうまく聞こえなかった。抜けそうなくらい一気に引かれた腰が、勢いをつけてまた一気に押し込まれたから。
「ひぁっ!」
 満足そうに柔らかな眼差しが注がれて、さっきまで瀬名先輩の首にしがみついていたはずの両腕が所在なく、小さい子供のように縋るものを探す。
 その手に気づいて握ってくれた瀬名先輩の、その手の大きさとか熱さとかに、ようやく名前をいちど、唇に乗せた。


*


 部屋に入るなり、シャワーすら浴びないままコートと上着を脱いだ。思いのほか寒くて、二人でシャワーを浴びた。普通のホテルのユニットバスは狭くて、二人でくっついて体を洗いあった。

 そして今、同じ匂いで彼女を抱き締める。
「ゴム、ない」
「……買ってきたよ」
「……買ってきたの?」
「俺にコンビニでゴム買わせられるのはアンタだけだよ」
 ベッドの上で、チープな寝巻きを脱がし合った後のやり取りに、彼女が照れくさそうに破顔した。
 彼女の柔らかな胸元に口元を埋めて、小さく歯を立てる。彼女の体が跳ねるのが気分が良くて、指先で彼女の胸の先を強めに摘んだ。
「ん、んっ」
「……なんでいつも声我慢するんだろうね」
 両手で自分の口を塞ぐ彼女の、悩ましげな眉間が扇情的だ。うっすら目を開いた彼女が、抗議の眼差しで俺を見上げる。
 淡いブルーの下着と、ひんやりする腰の隙間に指を差し入れ、そっと下に引きずり下ろた。脱がしやすいように両膝をくっつけた彼女の、その腰から足のラインを、照度を下げて点けたままのライトがぼんやりと浮かび上がらせる。するすると下着を脱がして、ベッドのどこかに放り投げた。
 下腹部を一度撫でて、太ももの付け根に唇を寄せた。石鹸の匂いと女の匂いが混ざりあって、それだけで背筋がゾクリとする。
「あ、まっ」
 何をされるのか気づいた彼女が、ベッドに肘をついて上半身を起こした。間に合わず、俺の唇が彼女の陰核を捕らえる。びくりと浮いた腰に、頬に押し当てられた太腿の柔らかさ。唇だけで挟んだそれに、彼女の喉から悲鳴に似た声が上がる。
「、っ……」
 指先が彼女の胎内の入口でぬめりを感じて、舌先でそれを舐めとった。唾液で濡れる陰核を親指で優しく潰す。瞬間的に小さく跳ねた体と、弛緩した細い腕。上半身があっさりとベッドに倒れ込んだ。ゆっくり体を起こして、買ったばかりの避妊具を自分のペニスに被せる。何度やっても間抜けな光景だなと思う。
「……せんぱい」
「ん」
 彼女の膝裏に手を入れて持ち上げた。ぬらぬらとしたそこに、薄いゴム越しの性器を宛てがう。入口にきゅうと力が入って、つやつやした先端を柔らかく飲み込んだ。

「いずみ、さ、」
 上気した頬と、耐えきれない声と、息遣い。寒かったはずの室内が、暖房を差し引いても熱気を帯びている。大きく揺さぶった細い体から力が抜けて、思わず天井を仰いだ。もしも避妊具がなかったら、今それに隔てられて行き場をなくした白い液体は、彼女の胎内に注がれる。その様を想像して、彼女の膝にキスを落とした。

 彼女の両腕が求める俺は、いまどんな顔をしているのだろうか。


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