W:時間について


 スオ〜とリッツの音録りは比較的順調に終わった。スオ〜にはいくつか注文をつけたが、真面目で怠けることのないスオ〜はすぐに俺の注文の意図を汲み取って、満足のいく歌を歌ってみせた。別々に録った音を重ねながら、全員でああでもないこうでもないと意見を交わす。アレンジがどうだとか、音の厚みがどうだとか。そしてもう何度目かわからないやり取りも浮上する。
「Leaderの声が足りないんです!」
「今更そんなこと言っても仕方ないじゃない。アタシもそう思うけど」
「王様もたまにはゲスト参加したらいいんじゃない」
 夢ノ咲を卒業すると同時にアイドルとしての活動も卒業した俺は、そのまま作曲家としての活動を本格化させた。既に人気絶頂のアイドルユニット、メジャーデビューを控えたソロシンガー、提供してきた曲は多岐に渡る。その中でも、唯一俺の曲だけで活動しているアイドルユニット、それがKnightsだ。俺が作った曲だけを歌い続ける彼らは、そのことに不満を持ったことはないのだろうか。そんなことを、他人事のように思いながら三人に笑いかけた。
「俺が歌わなくても大丈夫だ。なんてったって俺のKnightsだからな!」
 毎回のやりとりに飽きたのか、少し離れた場所にいるセナが、静かに携帯通信端末の画面を見下ろしている。
 スタジオの壁にかかる時計を見上げた。ついさっきメンバーが集まったような気がしているのに、針が示す時間は既に十八時を過ぎている。


*


 ヒールを鳴らして、携帯通信端末の画面上に呼び出したナビゲーションアプリを駆使してコンクリートを歩く。バッグの中のクリアケースには、数枚の履歴書が入っている。その全てが、私の大阪での仕事である。
 夢ノ咲卒業後の進路について、レオに相談したことは無かった。私が何かを相談したいと思う時、弱音を吐いてしまいたいと思う時、何故かいつもそばに居たのはレオではなく瀬名先輩だった。「職業としてのプロデューサーが務まるとは思えないんです」率直に胸のうちを晒したのは、瀬名先輩だけだった。瀬名先輩は、校内のAVルームの隣の椅子に座ったまま、私の頭に手を乗せたあと、「どんな道を選んでも、アンタがアンタじゃなくなるわけじゃないんだよ」と言った。とても優しい声だった。その瞬間に、唐突に何かを理解した。瀬名先輩が見ている私と、レオが見ている私は、異なっていた。
 太陽の下、腕時計を見下ろす。一日が終わるのはまだまだ先のことだ。大阪に着いたのはもう随分と前のことのように思うのに、時間はなかなか進んでくれない。
 ふと、レオがそばにいたのはどんな時だっただろうと思う。楽しい時、何の感情もない時、おだやかな時間を過ごす時。たぶん、そのくらい。そのくらいで充分だと思っていたのだ。


*


 長いレコーディング作業の二日目、昼前に集まって作業を進める。レコーディングの合間に入る雑誌の取材、テレビ取材、グラビア撮影。それらを効率的にこなすためにも、レコーディングに費やす期間は長めに確保されている。焦っても良いことはない、といえば聞こえはいいが、その実、レコーディングの最中に唐突に何かを閃いて曲を長くしたり短くしたり歌詞を変えたりする奴がいるから、それは仕方の無いことだ。そっと顔を上げて時計を見る。まだ集まってから二時間。今夜はかさくんとくまくんの雑誌取材が入ってるから、遅くとも十九時には終わるだろう。それでもまだ二時間しか経っていない。息を吐いて視線をレコーディングブースの中に戻した。中ではかさくんが伸び伸びと、それでも切実な響きを載せて歌っている。
 財布の中身に忍ばせた新幹線の往復チケットは、今夜二十時すぎに東京を出るものと、明日の七時に大阪を出るもの。ほとんど眠れない強行軍だとは解っていても、チケットを取ることをやめようとは思わなかった。帰りの二時間、ぐっすり眠ればどうにかなる。明日の集合を一時間でも遅らせてもらえばもう少し楽になるだろうけど、そうするのは俺のプライドが許さない。


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