III:二人の距離について


 あいつが卒業後に選ぶ進路に、みんなが興味津々だったことを思い出す。プロデューサーの道に進むのか、それとも全く別の道を選んで進むのか。追いつくことのできない場所へと去っていく背中を、手を振って送り出すことはできないかもしれない、と俯いたのはスオ〜だった。ナルは「そんな淋しいこと言わないでちょうだい」とスオ〜のほっぺを優しくつねった。リッツは「会いたいって言えば絶対会いにきてくれるでしょ」と自信を覗かせた。そこまで思い出して、ふとセナはどうだったかと思った。セナは、……セナは、何も言わなかったはずだ。既に俺とあいつは付き合ってたから、三人は俺に懇願を含んだ眼差しを向けていた。セナは俺を一度も見なかった。そんなことに、今更気付く。


*


 新幹線のアナウンスが大阪にまもなく到着することを告げる。思わずジャケットのポケットから携帯通信端末を取り出して、そしてメッセージアプリを起動した。「もうすぐ大阪に着きます。お土産は何がいいですか? 」それだけを送信して、すぐに携帯通信端末の電源ボタンを一度押して再びポケットに滑り込ませる。テーブルの上のノートパソコンの電源を落とし、ゆっくりと閉じてからバッグに入れた。ついでにバッグの中に放り込んだままにしていたペットボトルのお茶を少し飲んで、ストールを畳んでバッグに詰め込んだ。今日も慌ただしい一日が始まる。不意にポケットの中の携帯通信端末が震えた。反射的に取り出して、すぐに画面を確認する。そこには予想していた通りの人物からのメッセージが映っている。『早く帰って来なよね』私の問いには答えないその返事に、思わず口元が綻んだ。


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 タクシーでレコーディングスタジオに向かう。その途中で、携帯通信端末が無機質な短い音を奏でた。ふと腕時計を見下ろしたら、時計はまもなく午前十一時になることを告げている。メンバーがそろそろスタジオに集まり始める時間だ。メッセージの送信者には何人か心当たりがあったから、息を吐いて携帯通信端末を取り出した。『もうすぐ大阪に着きます。お土産は何がいいですか?』心当たりの一人からのメッセージだ。 俺は知っている。彼女がこんな連絡をするのは、俺だけだということを。だから俺も、すぐに返信を打ち込み始めた。「なんでもいいけど、また前みたいに大阪に行ったくせに京都土産買ってこないでよ」打ち終わってから、違うなと思う。一文を削除して、また文字を打っていく。「お土産なんていいから仕事頑張ったら」これもまた違うような気がして、削除する。タクシーのスピードがゆるやかに落ちた。ふと視線を上げれば目の前にスタジオが見えて、そしてまさにそこには月永レオその人が立っていた。王様を視界に捉えながら、指を滑らせる。「早く帰って来なよね」送信ボタンを押して、フロントミラー越しに怪訝な表情を浮かべる運転手に素早く運賃を支払った。開いたドアから出れば、王様はいつも通りの笑顔で俺に手を振った。「セナ!」そして俺は、いつもの表情で携帯通信端末をバッグの中に放り込む。


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