Child's heart



「き、気持ち悪い……」


コースターから降りたクラウドは蒼白になった顔でぐったりしていた。
乗っている最中、口元を押さえ始めたクラウドを見てザックスもようやく思い出したらしい。


「大丈夫かー?ちょっとそこら辺で休もうな」


ふらつくクラウドの身体を肩を抱いて支えてやりながら、どこか休める場所…と辺りを見回す。

いつもこんな人目のあるところでなら、その手はなんだ、だとか放れろだとか可愛くないセリフと冷たい視線をくれるのだけど、今はそんな余裕もないらしい。

おとなしくザックスに肩を抱かれてひたすら気持ち悪さに耐えている。


そうして見つけたオープンカフェ。
しかし結構込み合っていて、空いた席は見当たらない。



「少しそこで待っていろ。」




空くまで待つか、他を探すか。
そう考えているときに、セフィロスがそう言って店の方へ歩いていった。


おっさんにしては珍しい…などと少しあっけに取られながら、相変わらずクラウドの肩を抱いたままセフィロスの行く先を眺めていた。


何を買うこともなくただそこで談笑していた1組のカップルの元へ行き、なにやら話しかけている。
遠くて何を言っているのかは聞き取れないが、なんだか空気が穏やかじゃない。


口答えされたのかなんなのか。
それでも愛刀の正宗をチラつかせるセフィロスの姿は、幻だと信じたい。

しかし、現実。



…おっさん……



まもなく慌てて逃げるようにその場を立ち退いたカップルを見やって、そしてこちらを振り返ったセフィロスに、なんとも言えない溜め息が漏れた。


なにも凶器をちらつかせずとも、他にやりようがあるだろうに。
セフィロスに任せたのが間違いだったのか。


酔ったわけでもないのに軽い眩暈を覚えた額を押さえつつ、
無言の手招きをするセフィロスの元へ歩き出した。













「ほら、クラウド。これ飲んどけ」


「……ありがと…」



ザックスが持ってきてくれたのは、よく冷えたレモンスカッシュ。
受け取ってお礼をいい、口を付けると、
甘すぎないスッキリとした味がすーっと喉を通っていく。

それだけでいくらか気分がよくなった気がするから不思議だ。
胃がムカムカしているのはやっぱり変わらないのだけど。


そうして休んで、少し気分が浮上してきた。




「大丈夫か?」


「うん、ありがとう。大分よくなった」


「ごめんなクラウド、こんなんなるまで全然気づかなくて」


お前の乗り物酔いは筋金入りなのにな、と言うザックスの申し訳なさそうな顔に
もういいよと苦笑する。

確かに、怖くないだの、隣に座ってやるからだの、
そんな的外れなことを言ってきたときには、どうしてやろうかとも思ったが。


それは、黙っておく。



「セフィロスも、ありがとう」


「なんのことだ?」


「いや、あの…」


まさかそう来るとは思いもせず口篭ったクラウドに「気にするな」、と。


「このバカ同様、知っていたのに気づいてやれなかった俺にも落ち度はある。」


フッと笑ってそう言った。
先ほどコースターで無闇矢鱈に長い銀髪を、風に任せるまま振り乱していた者と同一人物とは思い難い。


神羅の英雄様に謝罪と同様の言葉なんていわれた日には、普通の一般兵なら恐縮し、
なぜか逆に謝ってしまうくらいなのだが、生憎クラウドにはセフィロスに対するそこら辺の萎縮はほとんど残っていない。


セフィロスの笑みに、クラウドも軽く苦笑するように笑った。




「ところでさ。おっさん、なんで今日もそれ着てんだ?」

「あ、俺もそれ思ってた」


クラウドの気が済んだところで、ザックスがセフィロスに問うた。


ザックスとクラウドは2人とも私服で来ている。
でも、なぜかセフィロスのみ普段の格好のまま。


それじゃ、周りにセフィロスだとばれるか、もしくは英雄に憧れてなりきっちゃってる人と思われるか。




さっきから振り返ってまで見てくる他人の視線が、自分が見られているわけでなくても
鬱陶しいというのに、当人はまるで意にもかけない。


”慣れ”というやつだろうか。



それとも、まさかこの捻くれたおっさんは、それを楽しんでいるのか…



伺うような、少し不審そうな。
そんな目でセフィロスを見ながら、ザックスはそんなことを考えていた。



「それこそ気にするな」



一言の下に一蹴。

しかし気にするな、などと言われれば逆に気になっていろいろ想像してしまう。


さっき思ったとおり、人の反応を見て楽しんでいる、とか。

もしかして、これ一着しかもっていないのだろうかとか…。



いや、そんなまさか。

確かに、この男がTシャツやタンクトップや、トレーナーだとか、
普通の服を着ている姿は見たことないが。

そう思って、想像してみる。


……実に似合わない…。

あの長い銀髪のせいだろうか…。



…まさか。


いくら見たことがないからといって、そんな。



一種のフィーリングがこの場で交わされたのか、なんなのか。
クラウドとザックスは2人して小難しい顔をしながら、互いの顔を見合わせた。


あんな高収入の男が、目の前で着ている服が一張羅なんてあるはずがない。




「その目はなんだ。何が言いたい」




見合わせた顔を同時にこちらに向けられ、その妙な視線に不満そうな声を上げる。



「まさか…おっさん、それ以外服持ってないなんて…ないよな?」


肯定の言葉が返ってこないことを切に願って、恐る恐るザックスが尋ねる。
頼むから違うといって欲しい。


「そんなことがあるわけないだろう」


「……だよな、うん」


セフィロスの即答に、またしても2人同時にほっと息をついた。



「いや、おっさんがそれ以外の服を着てるとこ、見たことねぇからさ」

「見るといつもそれだもんね…」

「なー」


先ほどと一変して、穏やかな笑みでそう言っている2人がなんだかムカつく。


「貴様…いい度胸だ」


す、と僅かに正宗を鞘から抜いて。
目の笑っていないセフィロスの笑みに、ザックスはうろたえた。


セフィロスの視線はザックスを向いている。


「ちょっ、待っ…なんで俺だけ!?」


「言いたいことはそれだけか?」


そういって立ち上がったセフィロスの影が落ちる。


「うわぁっ!待った!!俺が悪かった!!」


逆光でセフィロスの顔は見えないはずなのに、なぜかキランと目が光ったのが見えて、
慌てて両手を前に突き出して思いっきり横に振った。


「……フッ…まぁいいだろう」


ザックスのあまりの慌てぶりに内心満足しながら、それでも表面上は冷淡に装う。
立ち上がった腰を椅子に落ち着けて、半ば抜いた刀身も鞘に納めた。

気が抜けたように、ザックスがため息にも似た息を吐き出す。
まさか本当に切りつけて来たりはしないだろうが、このおっさん、どこまで本気だか分からない。


なぜかザックスと同じ目にあっていていいはずのクラウドは、完全に傍観を決め込んでいた。
心中、『ザックス、ご愁傷様…』なんて思ったことは本人しか知り得ない話だ。

こんなとき、真っ先に被害にあうのはいつだってザックス。

クラウドとザックスが同じことをセフィロスにしても、
ザックスとセフィロスが同じことをクラウドにしても、
その仕返しを喰らうのはいつだって、なぜかザックスだった。

やっぱり今回もそれは例外じゃなかった。






その後、ザックスはなんとか正宗の錆びとなることを免れて、次はどこへ行こうという話になった。

クラウドは先ほどセフィロスが無言で闘技場に行きたそうに…いや、行こうとしていたことを思い出し、そのことを切り出すと、当のセフィロスは

「……何のことか分からんな」

などと白々しくすっとぼけてみせて。
そんなセフィロスに分からないように、そっと冷ややかな視線を送る。

そして、どうせセフィロスも正宗持ってきてることだし、と結局闘技場へ向かった。
というか、このために持ってきたのだろう。


とぼけたりなんかしても、やっぱり出たかったのか。
2人もそれが分かっていたから、まだエントリーも済んでいないのに

「セフィロス(おっさん)がんばれー」

なんて声援を送ると、フ…と口角を上げ、満更でもない様子だった。
エントリーを任されたザックスは、先ほどのシューティングコースターの時とは一変して渋った様子で、

「クラウドのためならまだしも、なんでおっさんのために…」

とか呟き、挙句受付のお兄さんに『バッドステータスのスロット、確率あげちゃっといてよ』なんて囁いたとか。
苦笑するしかない、受付の肩をポンっと叩いて、


「よろしくなー。」


セフィロスを見送り、すぐそこでザックスを待つクラウドの方へ歩いていった。
一体なにに対して『よろしく』なのか。



まもなく、控え室から闘技場へと姿を現したセフィロスをザックスとクラウドは観客席から見物していた。
クラウドにとっては、セフィロスの闘いを落ち着いて見られるいい機会。

一度だけ、遠征で同じ区域になったためにセフィロスの闘う姿を直に見たことがあるが
その時は当然、自分も闘わなければいけなかったからしっかり見ていることは出来なかった。

思いもかけずこんなところでセフィロスの戦闘を見られることに、内心ワクワクしていた。


「クラウド、なんか嬉しそうだな…?」

「だって、セフィロスの戦闘こんな間近で見られるんだよ」

「ふぅーーん…」


なんだか面白くない。


「ザックスのはいつも見てるからさ」

「まぁ…な?」


確かに、そうだけど。
クラウドのあの嬉しそうな視線がセフィロスに向けられているかと思うと、なんだかイヤだ。


「クラウドー!!」

がばあぁっ


「うわぁっ!何すんだこんなとこで!」

ゴッ


突然抱きついて来たザックスを、クラウドが殴った。
驚いた反射と、こんなところで抱きつくなという意味も篭っている。


「クラ…痛ぇ…」

「…じ、自業自得だっ」


右頬を押さえるザックスに、少し気後れした抗議の声を上げた。
そして、試合真っ最中の闘技場へと視線を移す。

と、同時になる試合終了のゴング。


「あぁっ、一回戦終わっちゃったじゃないか!」

「俺のせいかよ!」

「じゃあ誰のせいだよっ?」

「……俺のせいです…」


「……いいや、ほら2回戦始まったよ」


と、再びセフィロスの方へ視線を移した。
そして華麗、とまでいえるセフィロスの闘いっぷりにクラウドが目を輝かせた。


やっぱり、セフィロスは強い。


たしかに雑魚だが、それでもたった一撃で2回戦、3回戦、4回戦とステータスをものともせずに
勝ち進んで行くセフィロスに、今更そう思って憧れのまなざしを向ける。

横でクラウドを見ていた、ザックスの不服そうな顔などお構いなしに。


だが、事は6回戦目で起こった。

ステータススロットが指し示す、カエルマーク。
6回戦での追加ステータスはトードだ。

そして、クラウドは周知のカエル嫌い。


5回戦目のミニマムなど、足元にも及ばない。
というより、むしろミニマムはなかなか2人に受けが良かった。

笑いの受けが。
セフィロスとともに、小さくなる正宗がより一層笑いを誘ったのだった。


そんな微笑ましかったプチセフィが、今度は一転してカエル。
よりによってカエル。
試合開始と同時に変わった姿は、どうあがいてもカエルだった。


ザックスが隣のクラウドを見ると、無言で青くなっている。
しかも、涙目。
その目は一点見つめて凝視していた。

視線の先は、カエルと化したセフィロス。


「ク、クラウド…?」

「………」

「おい、クラウド??」

「……イヤだ…カエル…」

「ん?」

「カエル!セフィロスがカエル!イヤだぁあー!!」



絶叫。




青くなったまま、クラウドはザックスにしがみついた。
先ほど、『こんなとこで』といった言葉が念頭にあるはずもない。
とにかく、必死だった。

ザックスは苦笑しながら、ちゃっかりクラウドを抱きしめて、ポンポンと頭を撫でてやりながら、
なんだかセフィロスを哀れに思っていた。


一方セフィロスはカエルになったのにも関わらず、さすがに一撃とはいかずとも、結局8回戦最後まですべて勝ち抜いたのだった。


試合終了後、8回戦勝ち抜いてたまりにたまったBPを賞品と交換した。
そしてその中身がここ、ゴールドソーサーの園長デュオのブロマイドだったことにセフィロスは頭を抱えた。


「なぜだ…!?」


わざわざ一番BPの高い賞品にしたというのに。
これなら、参加賞のポケットティッシュの方がよっぽど利用価値があるというものだ。


ザックスはそれを見て、腹が捩れるほど笑い、なんとかカエルから立ち直ったクラウドも、
そんなに笑ったら悪い、とか言いながらも笑いをこらえ切れていない様子で。
一層惨めになるその笑い方は、いっそザックスのように笑い飛ばしてくれた方が気持ちがよかっただろう。


「……フン」


納得いかない、と。
そして2人の反応にも不満そうに眉間を寄せてセフィロスはさっさと出口へ向かって歩き出した。





時間を見れば、ここへ来る前にこれだけは乗りたいと言っていたゴンドラに乗るとちょうど良い時間。
最後にクラウドの希望通り、園内遊覧のゴンドラに乗った。

日はすでにとっぷりと暮れていて、ゴンドラから見える花火がとても綺麗だった。
ゴールドソーサー全体の電飾と相まって、華やかで。

いつもの闘いや血、死にまみれた生活とはかけ離れていて、本当に夢のようだった。


乗り物に酔ったり、ザックスはセフィロスの髪に攻撃されたり、正宗をちらつかせたり、
正宗の錆びになりそうだったり、ミニマムになったり、カエルになったり……いろいろあってとても疲れたけど

とても、本当にとても楽しかった。
村にずっといたら、今の生活も、この瞬間も体験できないことばかりで。



「…ありがとう」

「ん?今なんか言ったか、クラウド?」


「…ううん、なんでもない」


「……フッ…」



最後の最後、今日一日で一番穏やかな空気が流れた。


「今度は、泊まりで来ようね!」


「そーだな、また来ような!」


「あぁ」








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2003/8/17



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