使い勝手の良い男

 ミラは不思議な人物だと私は思うわけです。
 ある日突然我らの前に現れたと思ったら違和感なく溶け込み、まるで始めから決められていたかのように黒円卓の面々を引っかき回す存在。
 深紅の軍服を肩から下げ、中には白地に華の刺繍が施されているチャイナ服を着込むという派手さを有しているにも関わらず、彼の副首領閣下とは違い不思議と彼女が持つ色彩は淡雪のように溶けていく。ただ当然のようにそこに在る人物に気付いた日のことを思い出そうとしても、曖昧な記憶から有益な情報を引き出すことは不可能。
 ある種似た者同士と形容しても差し支えのない二人が、いつから共にいるのかは分かりません。
 常に器から溢れこぼれ落ちている既知感すらも見落としたような紅白の存在は異質そのものであるのに、傍に居ると心地良いとすら思えるこの不思議。
「ミラ、次はどうするのですか」
「そうですねぇ……折角なのでここに載ってるお店行ってみませんか? 限定品とか凄く美味しそうで気になります」
 タウン雑誌に載っている一ページを指さし頬を染めるミラ。
 しかし疑問なのは、何故この私、ロート・シュピーネが彼女と共に日中のシャンバラを歩いているのでしょうか。
 謎が謎を呼び謎としての意義を失った今こそ、改めて当初の違和感を攻略すべきではないのでしょうか。
 思い返してみれば数日前、先陣を切ったベイとマレウスを追い東洋の地に降り立った私の前にいきなり彼女が現れたのです。いつからか憎き副首領閣下と会話をする女性が現れたとは聞いていましたが、ミラの存在を認識した途端、彼女がそうなのだ、という妙な確信を得ました。
 人の意識に残りづらい存在。常に遠くから全体を見回しているような存在。唯一違う部分といえば、彼女は自らが駒となり好き勝手行動していることでしょう。
「どうかなされました? やはり太陽の下を歩くのに軍服は厚いですよね……お誘いして申し訳ありません」
「気になさらず」
 勝手に振り回したと思えば、殊勝な態度をとったりもする。扱いづらい、というのがミラに対して抱く第一の感情。
 いっそミラが副首領閣下のアキレス腱であれば面白いのにとも思いましたが、彼女自身副首領閣下を嫌っているらしいので、そちら方面の駒とするのは難しい。
「貴女は、甘い物が好きなので?」
「甘い物が嫌いな女性はいないと思いますけどね。あ、でもエレオノーレさんは別なのかしら? そもそも、貴方達は食事を必要としないのかしら」
「人によりけりでしょう」
「なるほど」
 少ない会話を交わしながら目的地へと歩き出すのかと思えば、ミラは急に立ち止まりうなり声を上げ始める。
「どうしました」
「いえ、限定販売も気になるんですが、限定を狙っていくと時間的にこちらは難しそうですよね……うーん、どうしようかしら……」
 離れたページを交互に見ながら悩むミラは一般人と大差ない。
 それなのに……精神の深い部分で感じる、恐れにも似た奇妙さはなんなのでしょう。
「よし……決めました」
「当初の予定どおり?」
「いえ、ここは一つ、必殺技でも使おうかと」
「ほう」
 綺麗な笑みを浮かべ、服の内側から一枚のシールらしきものを取り出すミラ。それがなんであるか確認する前に彼女が紡いだ言葉によって、私は遺憾ながら身を強張らせることとなってしまったのです。
「この間マリィちゃんと撮ったプリクラ、一枚だけ残ってるんだけどどうしようかしら」
 わざとらしく紡がれた音と共に現れるのは漆黒の影。
 反射的に息を詰める私とは違い、ミラは楽しそうな様子で影へ取引を持ちかけました。
「限定品のケーキが売っているらしいのだけれど、買ってきてくれたら貴方に最後の一枚をあげてもいいわ、メルクリウス」
 最後という部分を強調するミラをじっと眺め、こちらには意識すら寄越さぬ恐怖の体現者は、臓腑が凍り付きそうな声で「良かろう」と白い指先をミラへと伸ばす。
「何をしているの、メルクリウス」
「君こそ何をしているのだ、早くソレを寄越したまえ」
「あら、随分と面白い事を言うのね? 錬金術の基本は等価交換でしょ。耄碌するには未だ早いのではなくて」
 だからケーキを買ってこいとミラは笑む。
 副首領閣下の機嫌を損ねでもしたらとビクつく私とは裏腹に、ミラは満足気な表情で遠ざかっていく影法師を見送っていました。
「どうなさったんです? シュピーネさん」
「貴女はアレが怖ろしくないのですか」
 引き攣る喉から必死に音を紡ぎ問えば、ミラは意味が分からぬと首を傾げ、一拍の後花が綻ぶような笑みを私に向けました。
「怖くはないですよ。ただ、使い勝手の良い男だとは思いますけれどね」
 春風のような柔らかさで告げられた音は理解不能な単語の羅列で構成されているのに、胸の内が温かくなるような感覚に陥るのは何故でしょう。
「さ、あちらはメルクリウスに任せて私達は次のお店に行きましょう、シュピーネさん」
「……お供しますよ」
 ふわふわと揺れるミラの髪を見つめながら、私は確信するのです。
 やはりミラというのは謎で構成された存在である、と。
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