Select Season 2

 星月学園は学園の特性上部活動はあまり熱心でないと聞いていたが、月子ちゃんの話によると弓道部は違うらしい。なんでも今年こそはインターハイ優勝を目指しているのだと、普段からはあまり感じることのない凜とした気配を纏った月子ちゃんが言う。
「目標があるって素敵なことだよね」
「うん! 部長が今年で引退だから、なんとしてもって頑張ってるの」
「叶うよ」
 私の言葉にきょとんと目を丸くし首を傾げる月子ちゃんに、再度同じ言葉を繰り返す。
「月子ちゃん達が頑張って練習してるんだもん。結果は必ずついてくるから、願いは叶うよ」
「うん!」
 お日様の様な笑顔とは良く言ったものだと少しばかり眼を細め、この笑顔を守る為ならなんでもしてあげたいと素直に思った事に驚きを覚えた。これが夜久月子という人間の持つ魅力なのだろうと自身を納得させ、弓道場へと歩を進める。
「そういえば、霞ちゃんは弓道やったことある?」
「何度か弓を引いたことはあるけど、ちゃんとやったことはないかな」
「あるんだ!」
 突如大声を上げた月子ちゃんに驚き足を止める。すると、妙に目をキラキラさせながら私の両手を握り「一緒に入部しない!?」と勧誘されたから驚いた。
「い、いやぁさっき星月先生も言ってたけど、私基本的に運動音痴だからさ……」
「大丈夫! 私もだから!」
「え、ええ? あ、ちょっと、月子ちゃんっ!」
 運動音痴なのに何故弓道を。素朴な疑問を発することなど許さぬと言いたげな力で私の手を取り、道場の方へと誘導していく月子ちゃん。細い体のどこにこんな力があるのかと小さな疑問が募るが、彼女の醸し出す楽しげな雰囲気を間近で感じていると、些細なことなどどうでもよくなってくる。
「ようこそ、弓道部へ!」
 道場の入り口で月子ちゃんが笑う。
「今日は皆遅いっていってたから、誰もいないハズだけど……ささ、霞ちゃん入って入って」
「お邪魔します」
 外界から隔離されたような雰囲気は精神競技という名に相応しい厳かさを持ち合わせていて、知らずと背筋が伸びる。
「ちょっと着替えてくるね」
「うん、いってらっしゃい」
 消えていく月子ちゃんを見送り、本座の位置まで歩き立ち止まる。二十八メートル先の的を射貫く競技は精神統一に向いているから嫌いではない。ただ、私にとって弓道は楽しむものでも追求するものでもなく、精神を研ぎ澄ます為に用いる手段の一つに過ぎないのが残念なところだ。
「霞ちゃん」
「お帰り、月子ちゃん」
「ねぇ霞ちゃん」
「ん?」
「やってみない?」
 自分の道具を使えばいいと月子ちゃんは言うが、部長さんとかに見られたら怒られてしまうのではないだろうか? いつ他の人が来るともわからないのに……でも、まぁ少しだけなら。私自身弓に触るのは久しぶりなので、少しばかり気分が高揚する。
「じゃあ、一度だけ」
 借り受けたゆがけを装備し、弓を番える。視界に入れるのは中てるべき的のみ。己の呼吸音すら聞こえぬ世界の中で、考える事は何もない。頬に触れる空気に眼を細め、矢に触れていた指先を離す。空を切る風音と共に詰めていた息を吐き出せば、後に居た月子ちゃんが感嘆の息を吐き出した。
「すっごい! 見惚れちゃった!」
「中ってよかったよー」
 パチパチと手を叩く月子ちゃんの後から、同じ音が重複する。借り受けた装備品を返しながら何事かと視線を移動させれば、やんわりとした雰囲気の男性が立っていた。
「見事なものだね」
「部長!」
「あの人が部長さんなの?」
「君は転入生の……春永さん、だよね?」
「はい、そうですけれど」
 何故自分の事を知っているのかと問いたかったが、それは野暮な質問であるような気がした。ほぼ男子校といって差し支えのない学園において、異性の転校生が入学したとあっては噂にならないほうがおかしい。
「自己紹介が遅れたね。僕は金久保誉。弓道部の部長をしてるんだ」
「ご丁寧にありがとうございます。ご存じかもしれませんが、私は春永霞。四月から天文科に転入してきたばかりで、色々ご迷惑をかけるかもしれませんが――」
「おい、春永。お前本気で弓道やる気はないか?」
「へ?」
 金久保部長の後から出てきた仏頂面の美人さんに視線を移しながら、この学園は理事長である彼女を初め随分と綺麗所が揃っているのだなと変な感心をしてしまう。
「久々にいいものを見た」
「そうだね」
 何がいいのかさっぱり分からない私をおいて話始める二人。すっかり蚊帳の外状態になってしまった私の横では、これまた何故か目をキラキラと光らせた月子ちゃんがいた。一体全体何が起こっているというのか。
「キラキラして見えたよ!」
「キラキラ?」
 月子ちゃん曰く、飛んでいった矢がキラキラと光って見えたのだそうだ。単なる光の屈折現象ではないのかと指摘すると、何故か顔を真っ赤にして怒る月子ちゃん。
「どちらにせよ部活に関してはまだ考えていませんので……お誘いはありがたく受け取らせて頂きますが、申し訳無いです」
「そう、なら仕方ないね……。でも気が向いたらすぐに言ってくれると嬉しいな」
「うんうん! 私も霞ちゃんと一緒に出来たら嬉しいし!」
「月子ちゃんもありがとう」
 当面は星にまつわる知識を増やす事に時間を費やさねば。一通りの事を知っているとはいえ、いまの状態で教鞭を執るのは心許ない。生徒よりも先生の方が物知らずだという事態だけは避けたいし……となると、学生でいられる間に少しでも多くの知識を吸収しなくては。
 現役高校生である彼女達を羨ましく思いながら、一年後の己の姿を脳裏に描く。
 尊敬は別にされなくてもいいけれど、親しまれる教師になりたい。ぼんやりとした行き先を未来に据えれば、少しだけ心が軽くなったような気がした。
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