不思議な彼女

「おはようございます、凌統様。本日も大きいですねぇ」
 掛けられた声に振り返れば、珍しい色彩が自分を見上げ微笑んでいる。
「おはよーさん、白蓮。今日も相変わらず白いねぇ」
 同僚である陸遜の部下である白蓮の名を武将である自分が知っているのには訳がある。第一に全身真っ白という珍しい色彩。第二にその容姿。そして第三に、見事なまでに使えない存在であるということ。
 走り込みの最中に倒れるのは数え切れないほど目撃しているし、荷物運びをやらせれば目的地へ辿り着く前に床にぶちまける始末。普段温厚な面を崩さぬ陸遜が、彼女の話題を小耳にする度に般若のような雰囲気になるのも、白蓮という存在を凌統の脳に焼き付けた要因だ。
 だが、様々な負の要素を差し引いても、白蓮は好ましい存在だと凌統は思う。
「お前さんも、もーちっと要領良くやれば怒鳴られなくて済むのにな?」
「あー、反論する余地がないのが悲しいとこですね」
「もしかして苛められるのが好きとか?」
「それこそ、まさか。ですよ凌統様。こう見えても攻める方が好きなんですよ? 私」
「お前が?」
「ええ、私が」
 へぇ、と嘘臭い声を上げながら、白蓮を見下ろせば心底楽しいと目尻を緩めていた。
 彼女と話すのは楽しい。これが、凌統が白蓮を気に掛ける一番の要因だろう。
 自分に媚びを売るわけでもなく、部下のように敬う気配もない。どちらかといえば問題ある態度だが、それが心地良いと思うのだ。。
「……様、凌統様? どうかなさいました?」
 ぼーっとなさって、と続ける白蓮に慌てて意識を現実に引き戻す。その仕草が面白かったのか、白蓮は手にした扇子で口元を隠し微笑を漏らす。
「またお盛んだったんですか?」
「俺だってたまにはちゃんと休んでるよ」
「たまには、って自分で墓穴掘ってるようなものですよ? 凌統様」
「なぁ、そんなことよりさ、白蓮」
 彼女を見る度に気になっている事があった。
「なんでしょう?」
 それは彼女が常に携帯している扇子だ。訓練の最中も、こうして挨拶を交わしている時も、暑い時に仰ぐ訳でもなく、ただ彼女は扇子を身につけている。それが余計に陸遜の怒りを買っていたわけだが、なぜだか彼女は扇子を手放すことだけはしなかった。
「その扇子って、何か特別なモンなの?」
「これですか?」
 言って白蓮はこちらに向けて手にした扇子を広げて見せる。
 特にこれといって代わり映えのない、普通の扇子。綺麗な文様が描かれている訳でも、二喬の様に武器としての用途があるとも思えない。
親族の遺品かとも思ったが、彼女の親は殺しても死にそうにないと以前楽しげに喋っていた気がする。
「気になりますか?」
「まぁね」
「その内分かりますよ」
 広げた扇子を口元に当てて白蓮は微笑を漏らす。
「秘密主義ってやつ?」
「女は謎の多い方が魅力的でしょう?」
 そう言って扇子を仕舞うと、「では」と短い挨拶を残して白蓮は去っていってしまった。
 掴み所が無いというか、なんというか。
 今まで出会ってきた女性とは、明らかに違う雰囲気を纏う白蓮が気になっているのも事実で。かといって其れを言葉に出来る程、距離を詰められないのも事実。もどかしいと心の奥底で考えながらも、今はそれでいい、と自身に言い聞かせる。
 ゆっくりと、時間を掛けて。
「言ってくれんじゃん?」
 謎を纏う彼女の秘密を一枚づつ剥がしていくのもいいかもしれない。
 楽しみが増えたと足取り軽く凌統は白蓮と反対方面へと歩を進め始めた。
 これだから、やはり白蓮と話すのは止められない。遠くで聞こえる怒声を耳にし、凌統は声を上げて笑った。
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