5

 AND……?



「何をしている、沙希」
 後は帰るだけという状況において、私は一本の鍵を取りだした。
「じゃじゃーん! 見てみてこれ。この間クロノスの保有倉庫整理してたら出てきたんだけど、すっごい綺麗でしょー!」
 煌びやかな装飾が施された銀の鍵は、年代物にも関わらず美しい光沢を放っている。時空を歪め遠隔地と切り貼りする為にドアという媒介を多用する日常において、座標値を記録した鍵というアイテムは非常に便利だ。いつ誰がやり始めたのかは記録にないが、考えついた人に盛大な拍手を送りたいと思う。
「エリシオン直通か?」
「や……実はこの鍵、行き先が分からないのよね」
「なんだと?」
 力を持って触れれば鍵の方が行き先を教えてくれるのに、この鍵に限っては沈黙を守ったままだ。誰かが作りかけで放り投げたのか、それとも制作品ではなく宝物の類なのか。
「帰るにはまだ時間があるでしょ? ってことで」
「おい、何を考え……」
「ご同行お願いしまーっす!」
 手近な鍵穴に銀の鍵を差し込み回す。カチリ、と鈍い音を立てて開くドアを見つめながら、関わりたくないと今にも帰りそうな双子神の腕を取り飛び込んだ。



「……日本?」
 目の前にあるのはドアではなく、どこからどう見ても襖である。床に敷き詰められている藺草が良い香り……とのんびりしている場合ではなく、とりあえず履いていた靴を脱ぐ事にした。おそらく縁側があるだろうと思われる障子を引き開けると、絵に描いたような日本の風景が飛び込んでくる。
「どっかのお屋敷かしら?」
 物珍しそうに周囲を見回す双子神を後目に、長い縁側へと足を踏み出してみる。綺麗に磨かれた床板を踏むと甲高い音がして、鶯張り廊下を思い出した。
「あ」
 人気を感じ振り返ると、赤銅色の短い髪が視界に飛び込んでくる。
「今日和」
「今日和……じゃなくて、アンタ誰だよ」
「此処は貴方の家?」
「そうだけど……って、質問に答えろよ」
「騒々しいぞ沙希。何をしている」
 渋面な表情を全面に押し出したタナトスから察するに、ここの空気は彼等のお気に召さないようだ。
「ごめんごめん、家主さんぽい人がいるから挨拶しておかなきゃって」
「……アンタ、マスターか!?」
「へ?」
 背後の双子神を指さし、何かを呟き始める少年。とりあえずお邪魔してしまった以上彼の保護者に挨拶をしなくてはと口を開き掛け、妙な気配に紡ぐハズだった言葉を呑み込んだ。
「士郎、誰と話しているの?」
 少年を気遣うよう姿を現した存在。彼の親族なのか、同じ色合いの髪を有しているが……何故だか一瞬白っぽい髪に見え、思わず片手で目を擦った。日本人らしからぬ透き通った肌と色彩。美人という単語は彼女の為にあるようなものだとガン見してしまう。
「あら、今日和」
「お邪魔してすみません」
 美人さんは声も綺麗だとぼんやりしていたら、彼女の背後から今度はカラフルな色彩が大量に湧き出てくる。どうやらここの住人は個性豊かな人達のようだ。一度見たら忘れられないような整った美貌は目の保養で、思わず御馳走様ですと言いそうになり空いている手で口元を覆った。
「坊主に嬢ちゃん、どうした? って、新手の敵か!?」
「敵じゃないです!」
 やる気満々ぽい青い人に向かって両手を突き出し左右に振る。まぁ冥衣を纏ったままのタナトスとヒュプノスと共にいるのだから、殴り込みに来たと思われても仕方ないが……出来ることなら穏便においとましたい。
「後のは動くツリーなんで気にしないでください!!」
「……なぁ、それ無理があるって分かって……」
「適確な突っ込みはノーサンキューです」
 始めにあった少年の言葉を笑顔で封じ、双子神に余計な事はしないで欲しいと目線で訴えておく。ギリシャにいると日本家屋を堪能することは出来ないし、これも何かの縁と思ってお屋敷の案内をしてくれないだろうか。懐かしい光景に目を細めていたら、今度は美人さんの後から金の髪をした美丈夫が出現した。
「煩いぞ、雑種」
 少年の事を雑種と一蹴し、黄金聖闘士と似たような気配を持つ男性は私達を鋭く睨む。紅玉のような目を細めこちらを舐め回すような視線を向けた後、苦虫を噛みつぶしたような表情と声で「沙希」と名を呼ぶ。
「あれ、なんで私の名前……」
「どうしたの、ギルガメッシュ」
 ギルガメッシュと呼ばれた彼は再度こちらに視線を寄越し、「誰の計だ」と冷たい声を発した。
「我の気分を害するに適切な存在を……よくもまぁ集めたものよ」
「彼女達だって悪気がある訳じゃないんだし、大目に見てあげなさいよ、ね?」
 柔らかな物腰でギルガメッシュを窘める沙希、と思われる女性。自分と同じ名の人物に会うとは珍しい事もあるものだと変な感心を抱きながらも、謝罪をしておくべきかと一歩を踏み出す。
「今更ですが、私沙希って言います。んで後のはタナトスとヒュプノス。殴り込みとかそういう物騒な目的でお邪魔した訳じゃないんで……」
「あら、奇遇ですね。遅れましたが、衛宮沙希と申します。一応ここの家主ってことになりますので、宜しくお願いしますね」
「ご丁寧にどうも」
 互いに頭を下げながらも、気になるのは互いの背後にいる存在だ。
「不躾ですが、聞いてもいいですか? その……沙希さんの後に居る方々は人間、じゃないですよね?」
 カラフルな面々に視線を向け問えば、沙希さんは「人間ではないみたいですね」とあやふやな答えを返してくれる。
「私からもよろしいですか? 沙希さんの後のお二方も、人間ではありませんよね?」
「一応人間ではない……よね?」
 双子神に視線を向け問えば、馬鹿馬鹿しいタナトスはため息を吐き、ヒュプノスに至っては関わり合いたくないという意思表示か、こちらに背を向けていた。……枝毛一つなさそうな長い髪を引っ張ってやりたい。
「そやつらは神と呼ばれる存在よ」
「そうなの?」
 ギルガメッシュの言葉に頷けば、青い人や褐色の肌の人が驚いたように目を見開く。
「よく分かりましたねぇ……」
「愚問に答える気はない。さっさと我の前から消えよ」
 シッシ、とこちらに手の甲を向けるギルガメッシュに、背後のタナトスが不機嫌そうなオーラを撒き散らす。
「落ち着いて、タナトス。知らない人を相手にするほど飢えてないでしょ? それにほら、異分子なのは私達の方なんだし」
「ギルガメッシュもお客さんに失礼な事は言わないで?」
「我に指図する気か? 沙希」
「指図じゃなくて、お願いしてるのよ。私の顔を立てて頂戴な」
 正反対の雰囲気を醸し出す二人は恋人同士だろうか? 美男美女のカップルとは羨ましいと心の中で呟き、片手に握ったままの銀の鍵に視線を落とす。行き先の分からぬ鍵が繋げたのは別次元。パラレルワールドと称するのが妥当な空気と人物達。積み重なる多重次元には面白い世界があったものだと、クロノスの記録を更新しておく。
「あぁ、なんか分かっちゃったかも」
「どうなさったんですか、沙希さん?」
 同じ音を持つ彼女から感じる不思議な気配。沙希という同じ音を有する存在である他に、きっと彼女は音に纏わる理を持っている存在だ。名前という束縛以上に、もっと根本的な共通事項がある。だから、私はこの世界に来れたのだ。
「私、貴女に会えて嬉しいと思う」
 思いを込めて紡いだ音に彼女の表情が一瞬強張る。ほら、やっぱり気付いた。
「私もです、沙希さん」
 微笑みながら紡がれる言葉は、同じにして異なる力を持って私の鼓膜を揺らす。心地良い振動に瞼を下ろし緩やかに口角を上げれば、再び広がった世界の中で彼女が同じような表情を浮かべていた。自分以外に音に纏わる存在に会うのは始めてで、驚きよりも嬉しいという気持ちが先行して沸き上がる。
「嬉しいプレゼント貰っちゃったかも」
 サンタクロースを信じるのは子供の頃で終わってしまったけれど、彼女という存在に会えたのはワタシにとって最高のクリスマスプレゼントだ。
「気は済んだか」
「うん、とっても」
「それは何よりだな」
 珍しく皮肉以外の笑みを見せたタナトスに少しばかり見惚れてしまったのは癪に障るけれど、今日はクリスマスという奇蹟の大安売りをしている日なのだからと自身に言い聞かせ、改めてこの世界の住人達へと向き直る。
「私達の世界では今日クリスマスだったんですけど、こちらもそうですか?」
「ええ、今日は12月25日ですね」
「では……」
 おもむろに片腕を上げ、親指と中指を擦り合わせる。
「メリークリスマス!」
 乾いた音と共に時空が歪み、強制帰還する私達と入れ替わるよう彼女達に似合いのカラフルにラッピングされた小箱が大量に発生する。完全に消え去る前に聞こえた赤銅色を有する少年の声に笑みを深め、私達は見慣れた大地へ足を付けた。
「いやー楽しかったね!」
「楽しいのはお前だけだろう」
「まったくだ」
 疲れ果てた気配を全面に押し出す双子神へトドメとばかりに小さな箱を手渡して、今度こそプレゼントの配布は完了だ。
「メリークリスマス、タナトス、ヒュプノス」
「「メリークリスマス、沙希」」
 同じタイミングで紡がれた音に気恥ずかしい思いになりながら、聖域のシンボルである火時計を見つめ思う。
「やっぱり、私は此処が好きだな」
 誰に伝えるでもなく呟きながら見上げた空は、宝石箱をひっくり返したように煌めいていた。
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