リクエスト第二弾 1

 ふらりと何かに惹かれるよう、その街に辿り着いた。夜の闇とはまた違う種類の重々しさが大気を支配し、妙に息苦しい。首元まで止めていたボタンを外し、冷えた空気を体内に取り込むべく深呼吸を繰り返す。何度か同じ動作を繰り返し気持ちに余裕が出てきたところで、ようやく自分がなんという名前の街にいるのか確認する余裕が出来た。
「冬木市?」
 煤けた看板に綴られていた文字を音にしてみる。
「何があるんだろ……この街に」
 一見して今まで巡ってきた都市と変わる点は見受けられないが、街灯に集まる羽虫のように……呼ばれた、気がした。
「とりあえずこれから過ごす場所を決めなきゃ。空き家とかあるかなぁ」
 なるべくなら他人と関わらない場所が良い。いつまでこの都市にいるかは分からないけれど、長く留まる理由はいまのところない。自分の中に存在する不可思議要素の原因が分かったら、いつものように次の街へ移動するだけだ。
「でも」
 手近なベンチに腰を下ろし考える。
 長い年月、長い時間。それこそ気が遠くなるような時の流れをぼんやり受け入れてきたけれど、今回のように理由は分からずとも目的らしきものがあるのは久方ぶりかもしれない。
 少しの期待と少しの不安と、少しばかりの諦めを胸に空を見上げる。人工的な灯りが彩る、完全な闇が存在しない世界。こぼれ落ちそうな満天の星空を最後の見たのはいつのことだったかと、あやふやな記憶を辿ろうとしたけれど上手くいくはずはなく、もやもやとした感情が湧き出ただけに終わった。
「ずっと座ってるわけにもいかないか」
 今は深夜と呼ばれる時間帯だが、日が昇り生命の活動が活発になればこの場所を沢山の人間が行き交うのだろう。
 見つかる前に移動しなくては。脅迫観念に似た思いは、生きてきた長さゆえの感覚だ。来たばかりだというのに、早くこの街から去りたいと感じるのは何故だろう。このまま留まっていたら、自分という存在に悪影響が及びそうで背筋が震える。何故来てしまったのか分からない。何故怖いと思うのか分からない。
 生きる為に様々なものを天秤に掛け同じだけの分量を切り捨ててきたけれど、この街にいると自分の中の天秤が傾いてしまいそうな……そんな予感がする。目に見えない未来が怖いと思ったのなんて久しぶりすぎて、逆にそれが楽しい。
「極東の島国であるこの地に、何があるのかしらね」
 大陸からすればとても小さな大地に眠っているものが、私という存在を呼び寄せたのだろうか?
「考えてても始まらない、か」
 分からないことの為に時間を割くのも悪くはないが、今は他にすべきことがある。
「お部屋探しをしませんかー、ってね」
 跳ね起きるようベンチから腰を浮かせ、コンクリートで固められた地面でに踵を付ける。視界に映る大きな橋の向こう側は住宅街になっているようだし、空き家の一つや二つ存在するだろう。というか、してもらわないと困る。
「さて、いきますか……ね?」
 行動を開始すべく動かした視線の先で、闇夜にそぐわぬ色合いを発見した。全身に金色を纏った人物が街灯の安い光を受け輝いている。遠目からでもはっきりと分かる姿は時代錯誤も甚だしいような金の鎧を纏っていて、それが輝きを放っているのだとワンテンポ遅れて理解した。
「……」
 思わず現在の西暦を確認したくなるような衝撃の中、件の人物は捜し物でもしているのか、ゆったりとした動作で辺りを見回していた。
「いかな、きゃ」
 見つかったら厄介なことになると本能が警告を鳴らす。
「……」
 相手に気付かれる前に行動しなくてはと理解しているのに、足は地面に縫い止められてしまったかのように動かない。長い時間の中で風化し、記憶というあやふやなものから抜け落ちてしまったものが思い出せそうで、危険だと分かっているにも関わらず金色の存在を見つめ続けた。
 考えるような素振りをし、私が居る場所とは反対方向に歩き出した金色の存在。着実に開いていく距離に安堵を覚える反面、残念だと、切ないと、胸が軋みをあげたのには驚いた。見知らぬ存在と自分の間に繋がりなど在るはずはないのに……何故こんなにも。
「――っぁ」
 引き留めたいと無意識に上がった片手に呼応するよう、視界の中で金の存在がゆっくりと振り返る。
「ッ!」
 形容し難い感情が全身を駆け巡り、息が詰まった。
 距離としては十二分に遠いのに、ハッキリと視認出来る赤い色。
「ハッ……」
 私を認識した相手が踵を返すのを見、再度逃げなくてはと強く思う。壊れそうな勢いで鳴り続ける胸を片手で押さえ、相手が何かを言おうと口を開いたのを確認し私はその場から姿を消した。

「な、なん、なの……」
 当初の予定通り橋の反対側まで一瞬で移動したのは良かったが、久しぶりに力を使ったせいかはたまた煩すぎる心音のせいか、膝からがくりと崩れ落ちた。思い出すだけで鼓動が跳ね上がり息苦しさが増す。
「はっ、はっ、はっ――」
 獣のように繰り返す呼吸に頭がぐらぐらした。全身で鼓動を押さえ込み、なんとか普通に呼吸が出来るまで回復した頃には既に空がうっすらと明るくなっていて、別の意味で焦ってしまった。
「ここ、は」
 改めて辺りを見回すと、ある屋敷の庭にいるのだと確認出来た。
「……あれ、ここ」
 魔力で内部を探るが人の居る気配はない。もしやこれは廃館というものだろうか? だとしたら都合がいい。
「……おじゃましまーっす」
 古びた施錠を解除し、館の内部へと足を踏み入れる。人が住まなくなってどれほど経つのかは分からないが、家に痛んでいる箇所はなく掃除をすれば十分住めそうだ。
「貰い手さんがつくまで、お世話になりますので宜しくお願いします」
 誰も居ない空間に頭を下げ、まずは寝室らしき部屋を探すことから開始した。

「はー……色々あったなぁ」
 備え付けの天蓋ベッドの埃を払い、疲れた体を横たえるとツンとした埃っぽさが鼻腔を擽ったが、今はそれよりも眠ってしまいたい衝動の方が強かった。
 カーテン越しに室内を彩る光から、日が昇ったのだと確認出来る。冬木という街についてから数時間、今までにない濃さだったと重い瞼を下ろした。
「なんだったんだろ、アノ人……」
 暗くなった視界に浮かぶのは、金色の姿。思い出すだけで早くなる心音に、思わず苦笑が漏れる。
「恋に浮つく娘でもあるまいし」
 年頃という可愛らしい年代は疾うの昔に過ぎ去った。
「あぁ……だけど」
 ありとあらゆる出来事を忘却してきたけれど、その中でも一つだけ忘れ得ない記憶が存在する。
「誰、だったん、だっけ」
 気が遠くなるような昔、一つの約束を交わした。私という存在がこの世に在り続ける為の起源である人物は、なんという名前だっただろうか。そもそも、あれは人間だったのだろうか?
「なんで、いまさら……」
 思い出そうとしたことは無かった気がする。常に自分の中に在る存在理由を明確に思い出そうとするには年月が経ちすぎているし、思い出したところで辛い思いをするのは自分だけなのだ。
 悲しいとか辛いとかそういった類の感情と、希望という単語をひとくくりに纏めてしまったのはいつの事だっただろう。終わらない生を消費する為だけに時間を浪費するようになったのは、いつからだっただろう。世界、というモノに縛られてしまったのは、どのタイミングだったんだろう?
「……くるしい」
 私という存在を拘束する見えない鎖が、昨夜出会ってしまった存在が。
「くる、しい」
 胸が締め付けられるような感情なんていらない。戻ることも進むことも出来ないのだから、変化なんてものは自分に必要ない。
 なのに、瞼の裏から離れてくれない金色は……なんなのだろう?
「――」
 思った言葉は音にならずに宙に溶け、それと共に私の意識も暗闇へと沈んでいった。
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