3

 温もりを伝えてくる炬燵にどっぷり浸かりながら、美味しそうな蜜柑をピックアップする。剥こうと爪を立てた皮が薄かった事に満足し、僅かな笑みを浮かべながら口へと運ぶ。
「ギル様ーこれ甘いよ。1つ食べる?」
「うむ、献上を許す」
「じゃどうぞ」
 綺麗に筋をとった蜜柑を一房渡せば、対面に座っていた凛ちゃんが力任せに卓上を叩いた。
「彩香さん!!」
「なぁに?」
「なぁに? じゃありません! どういう事か説明してください!!」
 凛ちゃんの言葉にセイバーさんが頷き、士郎までもが怪訝そうな視線を寄越した。
「説明しろって、さっき言ったじゃない。マスター始めました。って」
「――ッ!!!!」
「落ち着け遠坂!」
 今にも掴み掛かってきそうな凛ちゃんと止める士郎。心なしか手の位置が際どいが、今回は見逃してあげよう。
「……彩香さん、私の質問に答えてくれませんか」
「別にいいけど」
 次の蜜柑に手を伸ばしながら凛ちゃんの言葉を待つ。
「まず始めに、彩香さんは魔術師なんですか?」
「ギル様と契約出来たってことは、たぶんそうなんじゃないかな?」
「――ッ!!」
 私の回答がお気に召さなかったのか、凛ちゃんの目が据わってしまった。厳密には魔術師とは違う気がする。だが、サーヴァントと契約出来た訳だから、魔術師というカテゴリにも属しているのではないだろうか。
 面倒だから細かく説明しないけれども。
「じゃ次に……なんで召還の用意もなしに令呪を入手出来たんですか」
「そりゃ……」
 隣に座るギルガメッシュをちらりと眺めれば、こちらは蜜柑が気に入ったのか新しい物に着手していた。御満悦そうな表情で私を見返すギルガメッシュ。言ってもいいものかと視線で問えば、勝手にしろと蜜柑を食べる作業に戻る。
「借りたというか、奪ったというか、元々あるものを有効活用させてもらったというか、そんな感じかなぁ?」
「なんですかそれ……」
「いや、私もギル様居るとは思ってなかったからさ。そのなんだっけ、ランサーさん? の契約をもらうつもりだったんだけどなぁ」
 まずは敵の数を減らすところから。そう思ったのに、世の中上手くいかないものだ。
「契約をもらうって……衛宮君、アンタの姉さんどうなってんのよ……」
 ふざけるな、と凛ちゃんの心の声が聞こえた気がした。
「雑種に説明しても理解出来るハズがあるまい」
「なんですって!?」
 立ち上がる凛ちゃんをなだめながら、士郎が説明してくれと願いを口にする。
「彩香、俺にも分かるように頼むよ。なっ?」
「頼むと言われても難しいんだけど……ああ、一つだけ安心していいわよ。たぶんこの方法、あと十年くらいは出来ないから」
 貯まった因果律を使用したから、当分は無理だろう。元々正規の召還方法と違って、私とギルガメッシュの間には縁の品など無いわけだし。
「まぁいいわ……じゃ最後に。彩香とソイツ、知り合いなの?」
「あー……昔にちょっと?」
 同意を求めるようギル様を見遣ればギルガメッシュがにやりと笑う。
「それこそ雑種に説明する義理はあるまい。我と彩香の仲など教えてやる必要もなかろうよ」
「まぁ、そう言われちゃうと何にも言えなくなるけどさ」
「ときに彩香」
「ん?」
 蜜柑を食べていた手を止め、こちらを真っ直ぐ見つめてくる赤い瞳に首を傾げる。
「我にもっと魔力を寄越せ」
「えー……」
 面倒だなぁ。心の中で呟いて、どうすべきか頭を働かせる。
 有耶無耶にして眠ってしまいたなぁ……。炬燵暖かいし。
「衛宮君、アンタの……」
「それ以上言うな、遠坂」
 天板に顎を乗せ、やる気のない私に向けられる視線は二種類。
 本心を暴いてやろうという敵意と、からかうような楽しげなもの。
「これ以上は無理だよ、無理無理。それにゲート開けないギル様すっごい格好イイと思う!」
「む」
 後半を笑顔で強調すれば、「よかろう」と何故か納得する英雄王。流石大事な箇所でいつもミスをするお人だ。会話の穴に気付かないにもほどがある。
「いっつもギリギリで存在してるギル様って本当素敵だなぁ」
「フッ、彩香よ。分かっておるではないか」
「……衛宮君」
「何も言わないでくれ、遠坂」
 私とギルガメッシュの馬鹿げた会話に、眼前の士郎と凛ちゃんが揃って肩を落とした。

「話は戻るけど……これから彩香さんはどうするつもり?」
 早く話を切り上げたいと凛ちゃんの雰囲気が物語っている。
「どうするって、バックアップってちゃんと言ったけど……」
 私自身飛び入り参加みたいなものだし、前線に立つ気は元々ない。
「ギル様も自由にしてていいよ? 手伝って欲しいときはちゃんとお願いするし。まあ、でも」
 浮き出た令呪に片手を這わせ、痕跡を消すように文様を辿る。
 まるで手品のように綺麗に消えた文様に満足し、唖然としている凛ちゃん達へと視線を戻す。
「たぶん使わないよ、これは」
「彩香さ……また、今、あなたは、なに……」
 私に言わせれば、令呪は保険だ。使わない事を前提とした、強力な保険。
「飲食業勤務が、こんな模様つけてる訳にはいかないでしょ? お客さんの視線もあるわけだし」
「そういう問題か?」
「そういう問題でしょ。というわけでギル様、これからどうしよっか?」
 以前見つけた廃館はまだ存在しているだろうか。
「どうするって、彩香?」
 意図が分からないと無言で訴えてくる士郎に「居候してもらう訳にはいかないでしょ」と切り返せば、男にしては大きな瞳が驚愕に見開かれる。だってそうだろう、ただでさえセイバーさんという謎の外人さんがいるのに、厚顔無恥なギルガメッシュまで一緒に住まわせるわけにはいかない。
「ま、まて、彩香。まさか、出ていく……のか?」
「そのつもりだけど? 藤ねぇに説明出来ないし、ギル様こんなだし……。士郎の危機は分かるから、大丈夫だよ……たぶん」
 ああ、でも電気の通ってない館は寒いかもしれない。分厚いコートを多めに持って行った方がよさそうだ。
「なんだ雑種。彩香を追い出す算段か」
「追い出すじゃなくて、私が出てくって話だよ、ギル様」
「何故彩香が出て行かなくてはならぬ。ここはオマエの住処だろう」
「いや、そうなんだけどさ……。ギル様だけ放り出すわけにもいかないでしょ?」
 家を出る準備をしようと炬燵から立ち上がる。温もりから出た途端肌を刺すような冷気が身を包み、半野宿モードの未来に不安を覚えた。
「彩香よ」
「なぁに?」
「セイバーがおるから、我が出て行くのか」
「ギル様を追い出すって意味じゃなくて、なんていうのかなぁ……。大の大人が二人もいきなり現れたら、知り合いへの説明に困るっていうか……そんな感じなのですよ」
「ふむ」
 秀麗な顔で考え込むギルガメッシュ。王というだけあって、威厳を備える姿はお世辞抜きで格好良い。
「よかろう。これも王の務めか」
「ん?」
 自分の中で結果を得たのか、人を食った笑みを湛えてギル様は懐から出した小瓶の中身を一気に飲み干した。
「へ?」
「これなら問題ありませんよね? お姉さん」
 目の前でみるみる縮んでいく姿。
 服まで共に小さくなるのは何の魔法だろう。謎が謎を呼ぶと首を傾げている間にも、ギルガメッシュは小学生くらいの子供になってしまった。
「お姉さんは令呪を使う予定もないし、大きい僕がいると困る」
「うん、そうだね」
「ならば子供の姿なら問題ないでしょう?」
「そう、だね?」
 とりあえず良い位置にあった金糸を撫でてみた。
 思った以上に障り心地がいい。これは癖になりそうだ。
「セイバーさんとも色彩似てるし、知り合いのイトコ同士がーって設定にしちゃおうか? ね、士郎」
「あ!? あ、ああ……」
 目の前で起こった出来事を未だ消化出来ないのか、茫然自失といった感じで肯定する士郎を見つめ、隣にいる小さなギルガメッシュと二人にしか分からないように「やったね」と声をかけた。
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