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「で」
 ようやく起きてきた士郎を真ん中に、左右を女性陣が固める。
「とりあえず初めまして、ですよね? えーっと、セイバーさん?」
「はい」
 昨夜起こった出来事を掻い摘んで説明してもらえば、夢物語のような内容。だが、実際にサーヴァントであるセイバーという存在が士郎の隣にいるのだから、信じるしか他はない。
「聖杯戦争だっけ」
「そうです」
「士郎と凛ちゃんは、敵同士にはならないんだよね? 今のところは」
「それは……」
 言い辛そうに口ごもる凛ちゃん。それはそうだろう。願いを叶えられるのは一組だけ。昨日の友は今日の敵ともいうくらいだし。
「綺麗な子たちが戦い合うのは嫌だなぁ」
「彩香!」
 始まったと言わんばかりの視線を受け止めて、「だって」と私は言葉を続ける。
「折角の目の保養が傷ついたら寂しいじゃない」
「――彩香、さん?」
「あー……遠坂、すまない……彩香は前からあんなんなんだ……」
「面食いと言ってくれて結構よ! 隠すつもりなんて毛頭ないから!」
「……衛宮君、貴方のお姉さんって……」
「彩香はこんなキャラだから……覚えておいてやって、くれ」
 微妙な空気を纏って会話する二人を眺めながら、凛ちゃんでもセイバーさんでもいいから、どっちか士郎と結婚してくれないかなぁ、と当事者に聞かれたら怒られそうな事を考えた。
「それで、士郎はこれからどうするの?」
 淹れたてのお茶を啜りながら本題に戻す。
「どうする、って」
「バーサーカーとやらを倒すまでは、凛ちゃんと共同戦線ってことであってるのかな?」
「そうなりますね」
 凛ちゃんの言葉に気のない返事を返す私を6つの目が不思議そうに見つめる。
 士郎の傷の具合からみても、バーサーカーとやらは桁外れの力を持っているのだろう。今こちら側にある主戦力は、セイバーさんと凛ちゃん。それに凛ちゃんのサーヴァントさん。
「戦力不足ぽくない?」
「それは……」
「アーチャーさんだっけ? 凛ちゃんのサーヴァントさん」
「……そうです」
 結果的に自らの手の内の晒すことになった凛ちゃんは、どこか不機嫌そうだ。
「で、昨日士郎を殺したのはランサーって人で間違いない?」
「あれは確かにランサーのサーヴァントでした」
 私の言葉をセイバーさんが肯定してくれる。
「そっかぁ……ねぇ、士郎」
「なんだ? 彩香」
「どれくらい味方がいれば、バーサーカーって倒せるの?」
 私の問いに言葉を詰まらせる三人。こんなことなら昨日はバイトに行かず、家で待機しておくべきだったと思うが、後の祭り。
「サーヴァントって存在がもう一人いたら倒せるの?」
 7人中の約半分が味方ならば、勝率も上がるのではないだろうか。それとも全サーヴァント対バーサーカーでも勝利出来ないというのだろうか。
「口を挟むようですが、彩香」
「はい、なんでしょう?」
 騎士という名に相応しい威厳をもって私を見据えてくるセイバーさん。
 見れば見るほど美人さんだ。やはりこんな人が傷つくのは嫌だなぁ、と心の中で呟く。
「希望だけでは勝利はつかめません。特に貴女のような一般人に我らの策を話したところで、立場が優位に傾くとも思えません」
「おい、セイバー!」
 隣の存在の口を士郎が慌てて押さえ、こちらを見遣る。おそらくセイバーさんと同意見だと思われる凛ちゃんは、どこかすっきりとしたような表情だ。
「士郎」
「な、なんだ?」
 美人さんだと愛でていたけど、前言撤回。カチンときた。
「お姉ちゃんは今ものすごく腹が立っています」
「あ、ああ」
「でもしょうがないんじゃないですか? セイバーの言うとおりなんだし」
「遠坂!」
 勝ち誇ったような視線を向けてくる凛ちゃんとセイバーさんを交互に見つめて、私は完璧な笑みを浮かべた。
「彩香、あいつらは、その」
「あいつらって何よ、衛宮君!」
「そうです、シロウ。部外者にはここで退場してもらったほうがいい」
 保護者、部外者。
「士郎」
 今一度弟の名を口に乗せる。
 外から見守るつもりだった。
 ――昨日までは。
 私の纏う不穏な空気に気付いたのか、凛ちゃんとセイバーさんが口を閉ざす。そう、それでいい魔術師とサーヴァントよ。自らに降りかかりそうな災難に対する、必要最低限の対処をするがいい。
「お姉ちゃんは今日までお前に黙っていたことがあります」
 音は知っている。どう紡げば、公使出来るのかも。
 士郎は撃鉄を落とすような感じだと言っていた。
「彩香?」
 軽く目を閉じ、息を吸う。
 知ってる。識っている。それはいつも体の奥底にあり、意識的に封じていただけだから。
「面倒事は嫌いなんだけど、馬鹿にされるのはもっと嫌いなの」
 にっこりと、冷え切った笑みを浮かべれば、士郎と凛ちゃんが固まりセイバーさんが僅かに目を見開く。
「士郎には悪いけど」
「え?」
 心の中で音を紡ぐ。決して外に漏れないように、気付かれないように。
「全力でバックアップさせてもらうことにしたわ」
「彩香!?」
「彩香さん!?」
 膝に添えていた左手を机の上に出す。
「ど、どういうことだよ!」
「あれ、これって」
 左手の甲にくっきりと浮かぶ文様。
「ど、どういうことですかシロウ! 貴方の姉は魔術師なのですか!?」
「こっちが聞きたいよ! 彩香!」
「マスターはもう出揃ってるハズでしょ!? なのに、なんで……どういう、こと、なの」
 肌に浮かぶ文様は凛ちゃんとまったく同じ柄。
 マスター一人につき、サーヴァントは一人。なのに同じ令呪とはこれいかに。
「んー」
「何やったんだよ彩香! しかも茶の間でいきなりなんて、訳わかんねーよ!」
 魔術の気配はしなかった。と凛ちゃんが語る。何の力も行使せず、令呪が現れるハズはないと憤る。
「シロウ、彩香が召還をしたというならば、サーヴァントはどこにいるのです」
 肌を焼くような殺気を好ましいと感じながら、己のパートナーへ意識を移す。体内を巡る魔力を少しだけ解放すれば、どこかへ流れていく感覚。
「そ、そうだ。サーヴァントは……」
 士郎が口を開くのを待っていたかのように、玄関の戸が蹴破られる音が響く。
「な、なに!?」
 緩やかに流れる魔力の代わりに、不機嫌そうな相手の気持ちが流れ込んでくる。
「来たみたい」
「はぁ!?」
 荒い足音を立てて開かれる扉。
「なっ!」
 現れた存在にセイバーの気配が変わる。
「ふん、雑種風情が……と、セイバーではないか。ようやく我の物になる気になったか」
 ニヤリと笑う存在は不良そのもの。
「な、なぜお前がここに……!」
 今にも臨戦態勢に入りそうなセイバーを士郎が止める。マスターの言葉は絶対なのか、悔しそうに顔を歪めるセイバーを見下ろして、金の存在はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「ん?」
 座る人間を順に眺めたいた金の存在と目が合う。
「そっかー、ギル様アーチャーだったっけ」
「――彩香ではないか」
 赤い目を細めて「何をしている」と問うギルガメッシュに。
「マスター、始めました」
 赤い文様の浮かぶ左手を挙げて見せた。
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