Epilogue

 聖杯戦争が終わって早3日。あの頃の忙しさが嘘のような平穏が日常を支配する。凛ちゃんは留学への準備を着々と進め、士郎は相変わらず学校で正義の味方を頑張っている。
 バイト先へ出勤すれば青い英霊は手慣れた手付きで紅茶の用意をし、時折お客さんである女の子を口説いている。私の知っている限り10割の確率で失敗しているようだが……それに関しては彼の為にコメントを伏せよう。
 アーチャーさんといえば昔の癖がうずくのか、最近は士郎に代わって台所を占拠している割合が高くなってきた。勿論士郎が居ないとき限定だが、彼の作る料理は洗練されていてとても美味しい。いつだったか、アーチャーさんの料理を口にした桜ちゃんが衝撃を受け、それ以来士郎と桜ちゃんの間でなんらかの共同戦線が張られているようだ。私としては美味しい物が食べれるならばそれでいいのだけれど、料理人達にとったら死活問題らしい。
 セイバーさんも残ってくれた御陰で、衛宮邸の女性率は上がったままだ。以前の姉弟だけの生活とは違い華やかな空気が漂う自宅。士郎はちょっと肩身が狭い思いをしているらしいが、私は同性が増えてとても嬉しい。凛ちゃんがロンドンへ旅立ってしまう前に、是非ともパジャマパーティーというものを開いてみたいと画策している。
 柳桐寺の葛木夫妻は相変わらず仲睦まじい。たまたま新都でみたキャスターさんは、いい主婦目指してますといった雰囲気を全面に押し出していて、思わず見惚れてしまったほどだ。士郎曰く、キャスターさんと一成さんの間で色々問題があるようだが……まぁその辺も時間がなんとか解決してくれることだろう。
 そうそう、私のサーヴァントであったギルガメッシュのことだが……また何処かへ行ってしまった。というのも、「世界事情もかなり変わってるよ?」という私の一言が原因なのだが、その昔世界を統べた王様は自分の知らぬ土地があるのが気に食わないのか、「見聞してやろう」と高慢な台詞一つ残してあっさりと諸国漫遊の旅に出てしまった。
 契約は切れたといってもパスは繋がっているから生存確認は出来る。
「今日も良い天気だなぁ」
 私の頭上に広がる青空はどこまでも続き、それはギルガメッシュの頭上にも広がっているだろう。
 世界は繋がる。
 共にいようがいるまいが、時間は平等に流れ太陽は誰の上にも降り注ぐ。
 あまりの青さに目を細め視線を空から元に戻す。
「ねぇ……切嗣。士郎はちゃんと信念を貫き通してたよ」
 墓の周りに育つ白い花が私の言葉を肯定するよう姿を揺らす。
 決して枯れない小さな花はいつでもここで咲き、弔いの詩を奏でている。
「貴方が居なくなってから五年……短いようで長い時間だったわ」
 風に揺れる髪は白く、あの日とは違い太陽の光を反射する。
 赤に支配された厄災が支配する世界での出会い。死が蔓延する世界で男は女に名を尋ねた。
 それが、始まり。
 ――君、護るのは得意だろう?
 今でもはっきりと思い出せる切嗣の言葉。
 ――ならこの子を護ってやってくれないか。
 見も知らぬ女に頼む事柄でないとお互い分かっていたのに、それでも私は彼の問いに頷いた。
 ――いいですよ? 別に。特に用事もないし。
 長い年月の幾ばくかを他人のために裂いてみるのもいいだろう。この呪われた身が役に立つというならば、意義のために生きてみるのもいいだろう。
「士郎はいつになったらお嫁さんを娶ってくれるのかしら? ああ、でも……士郎のことだからお婿さんにいっちゃいそうだなぁ……」
 家主の居なくなった家を想像して苦笑を漏らす。
 口約束だけの契約はいつまで有効なのだろう。
 アーチャーさんは、私が居なくなったと言っていた。となると、今ここに存在する私も士郎を置いて先に消えるのだろうか。
 考えて、それはないと頭を振る。衛宮彩香という存在を食った『私』は誰かの記憶に存在する彩香ではない。同じにして異なるモノ。呪いの体現、イレギュラー。
「貴方に報告することは出来ないけど」
 同じ場所に行くことは出来ない。だって私には、その概念が存在しないのだから。
「いま……とっても幸せよ?」
 だから、ありがとう。
 風が吹く。突風にも似た強さは地面の花弁を僅かに散らし、空へとまいあげた。
 白い花弁は陽光を反射しキラキラと星のように輝く。
「――あ」
 煌めく世界の向こう側に、紫の存在を認めた。
「今日和」
「また墓参りなの? 貴女も暇ね、彩香」
 辛辣な言葉を贈ってくれるのは神代の魔女。
「仕事がない日は暇なのよ。家の事をやろうとすると、主夫二人にとめられるし……。自分の管轄に入ってこられるのは嫌なんですって」
 言って微笑めば、つられたようにキャスターさんの口角が上がる。
「で暇を持て余している貴女はここに来るというわけ?」
「ご名答」
 私の隣に立ち、眼前にある墓標を見下ろすキャスターさん。
「遺骨なんてないと分かっているのに?」
「それでも祈る対象がいるのは違うものだよ」
 私の言葉に僅かに目を見開き、キャスターさんは「そうね」と疲れたような声色を落とした。
「貴女自身がそうであるように?」
「さぁ……どうでしょう?」
 共に浮かべる笑みは空々しい。
 二月というのに頬を撫でる風は暖かく、春がそこまで来ているような気分になる。
「良い天気ね」
 お互いの間に横たわったぎすぎすした空気を洗い流すよう言えば、会話の流れを続行させるのは無駄だと悟ったのか「そうね」と今度は幾分か柔らかい声でキャスターさんが同意した。
「ねぇ、キャスターさん。今幸せ?」
「馬鹿なことを聞くわね彩香」
「ちゃんとした音で知りたいんだよ。私、我が儘だから」
 たぶん私は叶えられたハズの願いを横からかっさらった。強い願いと思いを持って、他人の願いを蹂躙した。
 けれど後悔はしていない。だって私はいつだって自分が一番で、善人ではないのだから。
「宗一郎様と共にいられて不満なんか出るはずないでしょ」
 馬鹿ね、と紡ぐキャスターさんの笑みは優しい。
「そっか」
「ええ、そうよ」
 士郎みたく誰かを助けたいとは思わないけれど、自分の望みで笑ってくれる人がいるならば嬉しい。悲しい事は、もうおなかいっぱい。だからあとは――。
「残り物には福がある」
 最後の最後で逆転ホームランを放つような。
「昔の人って物事を的確に表現するよね」
 力持つ音だからこそ、研ぎ澄まして。
「実は私、すごく好きな単語があるの」
 ただひたすらに願う。
「言霊使いの貴女が好きな音……ね。たしかに少し気になるわ」
 キャスターさんの言葉に立ち上がって、あまり背のかわらない魔女の視線を辿る。裏山の方で一際大きく存在を示す桜の巨木。早い時期だというのに、薄紅色の花を満開にさせる姿は見ていて圧巻。
 元は小さな若木であった桜は、最終戦争の際私が放った矢の影響を受け一気に成長を遂げた。それは丁度大聖杯の上層に位置し、今では僅かに残る呪詛を少しづつ濾過する存在へと意義を変えている。生命の樹と呼ばれるセフィロトは、その名の通り生きるものを護る意味を有している。生の象徴である樹で創られた矢が、周囲の生きるモノに影響を与えたとしてもなんら不思議はない。
「報われないことには、もう飽きちゃったの」
 枯れる事のない桜を両指で作った疑似フレームの中にいれ片目を瞑れば、隣で珍しいものを見たとキャスターさんが声を上げた。
「あら」
 キラリと光るシンプルな指輪。
「それアイツから?」
「うん」
 自然とにやける口元を隠さず言えば、「愛されてるわねぇ」と投げやりな音程を発してキャスターさんが肩を竦める。
 左薬指を彩る指輪は金のサーヴァントからの贈り物。全てを望む王様を繋ぐ意味合いも有する銀の輪は、そんじょそこらで売っているような代物ではなく。
「成金王」
 財に糸目を付けない王が与えたモノは、神が愛した鉱石。凛ちゃんが知ったら目の色を変えそうな指輪の素材はオリハルコン。
「綺麗でしょ」
「見た目だけはね」
 デザインもなくただ銀の光を反射する存在は、シンプルにして最大の美しさを放つ。
「お坊ちゃんが知ったら激怒するんじゃないの」
「大丈夫よ、これに気付いたのキャスターさんが始めてだから」
「ああ、そういうこと」
 視覚の魔術をかけられた存在に気付くのは、ある一定以上の力を持った存在のみ。
「彩香」
「んー?」
 両手で作っていたフレームを下げ、キャスターさんへと向き直る。
「貴女が好む音って何?」
「ああ」
 そういえば答えていなかった。
「私ね、報われないことにはもう飽きちゃったの」
 同じ台詞を繰り返して、薄い笑みを口にひく。
 心の中で復唱するのは何度言っても好きな言葉。
 願いよ叶え、と思いをのせて紡ぐのはいつだって同じ。
 それを願うのに夢も、期待もいらない。自己満足だと罵られたら上等だと答えよう。
「願いは叶えるためにある」
 必要なのは自身の努力。
 音に出すのは決意を再認識するため。
「だから、何度でも言うの」
 それは誰かの願い。
 私ではない存在の願い。
 音にすることの出来ないアナタの代わりに、何度でも言葉として唱えよう。

 小さな世界だけでいい。
 どうか、私を……私が知る存在達に。

「問答無用の、ハッピーエンドをってね!」


 END
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