3

「あー! お前何やってんだよ!」
 相変わらず血まみれの状態で士郎が叫ぶ。
「おかえり、士郎」
「ただいま彩香……じゃなくって!」
 未だ抱き合う私達を指さして士郎が吼える。
「なんだなんだ? 男の嫉妬は醜いぜ坊主」
「なんでランサーまで残ってんだよ!」
「あ?」
 聖杯が消えれば、マスターとサーヴァントの契約は切れる。それ以前にランサーのマスターである言峰は聖杯が破壊されたと同時に命を落としている……にもかかわらず、消える気配のかけらすらない青い槍兵。
「いや、なんつーの?」
 歯切れ悪く片手で頭を掻きながら、ランサーさんが横目で私を確認する。
「あー……」
「まぁそういうこった」
 アイコンタクトで会話を交わす私達に、訳が分からないと士郎が食い下がる。その場の流れとはいえ、たしかに口にした。だが、まさかそれが言霊となってランサーさんを縛ったとは思いもしてなかった。
「別にいーんじゃね?」
「残っちゃったものは仕方ないわよね?」
「仕方なくない!」
「諦めなさい、士郎。アンタの姉さんはサーヴァントホイホイなんだから」
 米神をひくつかせる士郎の肩を叩き、凛ちゃんは老成した者の目を向けた。
「彩香、貴女が無事で良かった」
 士郎と同じくぼろぼろになったセイバーさんが笑みを浮かべる。その姿があまりに綺麗で、思わず鼻血が出るかと思うくらい鼻の奥がツーンとした。
「まぁちょっと繋がれちゃったけど……お陰様で五体満足元気です!」
 しまりのない表情を浮かべる私に、「そういえば」と士郎が問いを投げかける。
「なんで白くなってんだよ彩香」
「ん? ああ……」
 普段は魔力で士郎と同じ髪色にしていたが、抑えていた力の解放と共に元の色に戻ってしまっていた。すぐに気付かない士郎もあれだが、忘れていた自分の落ち度は拭えない。
「色なんてすぐ変わるものよ」
「んなわけあるか!」
「士郎も魔術師の端くれなら、髪の色くらい変更出来ないと女の子にもてないよ?」
「なんでさ!」
 士郎お得意の口癖が出たところで、居るはずの人物が一人足りない事に気付く。
「凛ちゃん、アーチャーさんは?」
「――アーチャーは……」
 みなを言う前に、凛ちゃんは自分の右手を私に見せた。
「あ」
 今まで存在していた令呪は綺麗さっぱりない。つまり、それは――。
「アーチャーは還る事を望んだの」
「でも、まだ消えてはないわよね?」
 アーチャーのサーヴァントは単独スキルを有する。契約が切れても、数日の間ならば現世を彷徨っていることだろう。と、なれば。
 神経を研ぎ澄まし、アーチャーさんの気配を辿る。
「そういえば、最適な野郎がいたよなぁ」
「何の話だよ?」
 ランサーさんの言っている意味が分からないと首を傾げる士郎に笑みを浮かべ、朝日が昇りつつある風景を見つめる。
 世界は未だ私を敵として拘束しようと機会を窺っている。それは、私が保有する力がヒトの身に余るものだと判断している結果であるわけで。
「分散させられると、楽なのよねー」
 押さえ込みすぎた力のせいで、髪も瞳の色も抜けてしまったけれど、力を流す相手が多ければ多いほど私という存在から目を背けさせれるダミーを作る事が出来る。
 ニヤリと笑いあう私とランサーさん。それを面白そうに見つめるキャスターさんに、ギルガメッシュ。
 シャラン、と鎖の音がする。
 私が忌み嫌うそれではなく、愛しい男が持つ鎖。
「よーっしお姉ちゃんサーヴァントホイホイの名にかけて頑張っちゃうぞ−! いけ、ギルガメッシュ!」
 赤い英霊が立っている地点は分かっている。
 あとは――。
「フハハハ! せいぜい足掻け雑種!」
 天の鎖が物凄い勢いで獲物を補足しにかかる。ギルガメッシュの宝具である鎖は時空を越え、たしかな手応えを持ち主に伝えてきた。
「我が友に敵うと思い上がるか、愚か者が!」
 高笑いと共に思いっきり鎖を引っ張れば、時空を歪めて見慣れた背が目の前に現れる。勿論、鎖で雁字搦めに固定されて……。
「アーチャーさん一人フィーッシュ!」
 大漁だと声を上げれば、唖然としている凛ちゃんの姿が視界に映る。
「なっ、馬鹿な!」
 反英霊であるエミヤにとって、天の鎖は驚異にならない……ハズだった、のに。何故か捕らえられている。信じられないと顔に書いている英霊に己の顔を近づけ、私は止めの言葉を吐き出した。
「私の固有結界の中にいて、逃げられるハズないでしょ?」
「「――なんだと?」」
 二人のエミヤの声が重なる。
「固有結界って、んなのどこにも……」
 ないじゃないか。続くハズの言葉を飲み込んで、士郎は目を見開く。
「え、まさか」
「……ありえないわ」
 士郎の言葉を遮り凛ちゃんが悔しそうに唇を噛みしめた。魔術師として、理解したくない現実に打ちひしがれている。
 未だ白い花弁は宙を舞い、柔らかな光に染め上げられている。徐々に狭まってくる緑も、あと数時間は現存したままだろう。そう、すなわち……今視界を埋め尽くしている光景そのものが、彩香という存在の作りだした固有結界なのだ。
「残念だったわね、アーチャーさん。貴方達風にいうなれば……アンリミテッド・フラワーパークからは逃げられないよ?」
「――彩香さん、流石にその名称は可愛すぎです」
 同じ固有結界でも剣の丘とは正反対の風景。だが、結界の名に相応しく存在する花弁一つ一つは多大な魔力を保有し、失った生命を癒しにかかる。
「すごいです、彩香」
 いつの間にか完全に傷の塞がったセイバーさんが感嘆の意を告げ、促されるよう士郎達は自分達の姿をみやり、こちらは再び肩を落とした。
「アンタの姉さんにはため息しかでないわ……もう。諦めなさい、アーチャー」
「そうそう、人間諦めも大事よ? 観念して私のスケープゴートになりなさい」
 拘束され動けないアーチャーさんの頬に手を添え鉛色の瞳を見つめれば、諦めたように弓兵は瞼を閉じた。
「貴女は、善人ではなかったな」
 いつかと同じ台詞を吐き出して口角を歪めるアーチャーさんの。
「覚えていてくれて光栄だわ」
 薄く乾いた唇に、己の唇を押し当てた。
「あー!!!」
 大絶叫が響く中で契約は成立した。
「魔力を押さえ込まなくてイイって、楽だわー」
 清々しいとのびをする私をがくがく士郎が揺さぶる。
「お、おまっ彩香! あ、ああ、アーチャーとなんて、何してんだよ!」
 完全パニック状態の弟にため息をおくって、落ち着きなさいと軽く頭をはたいた。
「あのね士郎。私はまだ自由でいたいの。そのために、身代わりが必要な訳」
 世界に繋がれた英霊なんて、身代わりとして最高じゃない。
 言外に告げれば、揃って苦い表情を浮かべる士郎とアーチャーさん。そういえば、士郎はアーチャーさんが自分の未来の一つだと知っているのだろうか? いつかゆっくりと話す機会があればいいと少しだけ背の高い弟を見つめる。
「ねぇ、士郎」
「――なんだよ」
 憮然とした表情で口を尖らす士郎に。
「お疲れ様」
 言って微笑めば、未来の英霊に良く似た笑顔で「ああ」と正義の味方が声を返した。
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