約束

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『…………』





ドアの前で固まるわたし。
中からは、どういうことですのブレイク、だとかだってレイムさんがですねー、とかいう男女の言い争う声が聞こえる。

もうやだ。入りたくない。

ぽん、と後ろから肩を叩かれたので振り返ると、わたしより少しだけ背の高い金髪の少年が、素晴らしい笑顔で言った。





「何してんのなまえさん。今こそレイムさんを救出するときでしょ?」





ごめんなさい無理です、と言えるはずもなく、乾いた笑いを返してからドアを開けると、ハリセンで叩かれたブレイクと巻き添えをくらったレイムさんがこちらに一直線に飛んできて、わたしも一緒にハリセンの犠牲になった。







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「すみませんなまえさん! 私ったらとんでもないことを……」

『構いませんよ、シャロン様』





心配させまいと笑いかけたが、その力のなさが逆に不安を与えてしまったらしく、ああもう!と言って抱き付いてきた。





「何してるんですかお嬢様ー。レイムさんの助手としてパンドラから派遣されてきた彼女を、毎回毎回ハリセンの餌食にするなんて」

「元はといえばあなたのせいです!」





大体あなたはレイムさんに頼りすぎなのです、とまたブレイクに説教を始めたので、慌てて仲裁に入るレイムさん。尊敬します、本当に。





「なまえさんは、レイムさんの知り合いだったの?」





先ほど部屋の中に入るのを促した少年、オズ=ベザリウスが、綺麗な緑の瞳でこちらを見た。





『同じ部署の上司だったんです。わたしは実力はからっきしなので、ただひたすら書類とにらめっこをしているような仕事をしていたのですが、レイムさんはそんなわたしを自分に似ている、と言って面倒を見てくださっていたわけです』

「………だからって、あの問題児に振り回されっぱなしのレイムを書類地獄から助ける、なんて仕事がこんな少女に来るとは……」

「ギルは頼りにならないってことだね!」

「う、うるさいぞオズ!」

「でもこいつ、わたしと背もあまり変わらないぞ。仕事なんて出来るのか?」

「こらバカウサギ、言葉を考えろ!」

『構いませんよアリスさん、ギルバートさん。わたしが選ばれたのは、一番レイムさんと仕事がしやすいだろうという理由からです』

「じゃあさじゃあさ!」





目を輝かせた満面の笑みのオズと、同じ顔をしたアリスが並んでこちらを見ている。
無邪気な笑顔のはずなのに、不安になるのはどうしてだろうか。





「「俺(私)たちの遊び相手になってよ(なれ)!」」

『……! ………そ、それは……難しい、と思います』

「なんでー!歳も近いんだしさあ、遊ぶくらい……」

「……おいオズ。自分の立場考えてみろ。四大公爵家の子供と遊ぶなんて」

「だーってつまんないんだもん!周りは大人ばっかりだし! ねえアリス!」

「そうだぞ! 肉ばかり食えるのはいいが、さすがに私も飽きた!」

「ワタシみたいにすればいいんじゃないデスカ?」





後ろから、ブレイクがシャロンとレイムを引き連れてやってきた。
どうやら上手く話を終わらせたらしい。





『ブレイクさんのように、とは?』

「ワタシは今、オズくんのことをくん付けで呼んでいますガ、外ではオズ様と呼んでいマス」

「え!? そうなのブレイク!?」

「……言っておきますが、ザークシーズはオズ様より格下の人間ですからね」

「まあ要するに、外できちんとしていれば、遊んでようが何してようが関係ないって話デスヨ」

『…………』

「うわあ、いいねーたまにはいいこと言うじゃんブレイク!」

「うむ! 本当にほんの少しだけだが見直したぞ!」

「そんなに少しだけデスカ」

「………どうなっても知らないぞ俺は」

「おいザクス! 変なことを吹き込むな! 本気にしたらどうする!」





…なんてみんなぎゃーわー言っていますが、これいけないことですよね?しかもブレイクさん、常にそういうことしてるって自分で暴露しましたよね。みんなつっこまないんですか。
わたしの心の声を知らずに、討論は更に進む。





「とにかくやめておいた方がいい、なまえ。こいつの真似だけはするな!」

「レイムさん酷いデスネー」

「よし!決めた! なまえさん、こうしようよ!」





結局オズの提案で、わたしのことをみんなが呼び捨てにするかわりに、わたしもここではみんなを呼び捨てにすることになった。
それだけでもわたしにとってギリギリって感じだけど、まあ親しくなれるって意味ではいいかな。

みんなの喧騒をぼーっと見つめていると、レイムが隣にきてこそっと呟いた。





「……ザークシーズが迷惑かけたな」

『いえ。みなさん楽しい人たちなのでよかったです』

「でも正直君が来てくれて助かる。誰かのせいで書類は貯まっていく一方だし……」





はあ、と大きなため息をつくレイムさんの横で、何を言っているんデスカーと励ましにきたブレイクを見ながら、仲がいいなーとぼんやり考えていると、後ろからどん、と何かがぶつかってきた。





『!?』

「遊ぶぞ、なまえ!」





手にバットとボールを持ったアリスが、きらきらした目でわたしを見上げている。
す、すごくかわいいっ!





「アリス!何やるつもりなの?」

「あ、オズもやるぞ! さっき庭にいた子供から取ってきたんだ!」

『え』

「だ、だめだよアリス!」





返しに行こう、ね?と何回か説得されて、アリスが不機嫌そうに返しに行ったあと、わたしたちは結局トランプをすることにした。

アリスは、完全に理解する前に感覚でしてしまうので勝負にならなかったし、オズはオズで一度理解すると強すぎて、違う意味で勝負にならなかったが、久しぶりに楽しい時間を過ごした。





「アリス、すごくなまえになついたねー」





二時間後、アリスは遊び疲れてわたしにもたれて眠っていた。





『とても嬉しいです!妹が出来たみたい!』

「…………」

「あー、オズくんがなまえの笑顔に見とれてマスヨー?」

「ちょっ、うるさい!ブレイク!」

「何っ!? とうとうオズが……」

「あーもうギルまでー!やめてよ!」

『あはは、そんなことないですよ!』





今日初めて声をあげて笑ったからか、一気に視線がこちらに集まってしまった。





『あ、す、すみませ』

「かっ、可愛らしいですわー!!!!」





どーんとシャロンが体当たりしてきて、オズの方にアリスと倒れこんだ。





「おっと……」

『すみませんっ、オズ様、お怪我は』





言葉を遮るように、オズの人差し指が唇に押し当てられた。





『っ!?』

「オズ様じゃなくてオズでしょ、なまえ?」

『あ、はい、お、オズ、お怪我はあ、ありません、か』

「動揺しすぎ」





真っ赤なわたしの顔を見てくすくす笑いながら、頭をなでた。
意外と大きい手のひらに、更に胸が高鳴る。





「……………オズのあんな顔初めて見た」

「え、何ギル?」

「まあまあ、オズくんにもそういう時期が来たってことデスヨ」

「…………」

『……え?』





ギルバートがこちらをじっと見つめてくるので、はてなマークを付けて見返すと、俺はお前を認めたわけじゃない!と妙な捨て台詞を残して去っていった。





「あのワカメのことは気にしなくていいと思いマスヨー」

『そ、そうですか?』

「うーん…………俺ギルのとこ行ってくる」





そう言って、オズはわたしを支える腕を静かに抜いてから、小走りで後を追っていった。
主従の関係はわたしには無縁だからよくわからないけど、きっと大事なものなんだろうな。





「オズくんもワカメ頭の彼も、不安定なところはなおりそうにありませんネー」

「……まあ見ていて危なっかしいところはあるな」

『そうなんですか?』

「接しているうちにわかると思いマスヨー。でもさっきのトランプはとても楽しそうでしたし………どうなるのか楽しみデスネー♪」

『?』

「………あまりオズ様をからかってやるなよ」





とりあえず貴女はそのまま笑っていてくれればいいんデス、と言ってどこからか持ってきたケーキをブレイクが食べ始めて、この話は終わってしまった。

生まれてすぐ捨てられていたわたしには、世界はここしかない。
だから、パンドラの人たちは、わたしにとって家族みたいなもんだ。
みんな真っ黒な闇を抱えているけど、遊び相手に選ばれた以上は、わたしといるときだけでも楽しんでもらえたらいい。

ぼんやり宙を見ながら、また難しい仕事が一つ増えたなあ、と頭の片隅で思ったが気付かないふりをした。






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