[例えばそれが一つの愛の形として](8720)





あいつは人との無駄な軋轢を極端に嫌う。よほどのことが無ければ、一人で過ごしている。それは孤独ではないと、あいつは言っていた。
あいつにとってはそれは選択の1つに過ぎない。誰かと話す、誰かと行動する、誰かと同じ時間を共にする。それがしたくないから一人で居ることを選んでいるだけなのだと。だから一人で居ることが即ち孤独とは言えない、と。
しかしあいつの理論は、俺からすれば詭弁もいいところだった。ならば何故あいつはひどくつまらなそうに屋上に居るのか、面倒だと言いながら年々欠席数が減っているのか。
あいつは確かに人と付き合うのが好きではないのだろう、だが苦手ではない。誰とでも付き合えるが、誰とも深い仲にはなりたくないのだろう。何故だろうか。


「俺はお前が知りたい。」
「知ったところでなんになると?」
「俺の興味が満たされる。」
「お前さんの満足のために俺は居らんとよ。」

手を伸ばしても拒絶されることはない。近くに座らせると、困惑したような表情になった。もう少し、色々知りたくなった。

「その割りには拒まないのか。」
「別にこんぐらい他の奴もやるじゃろ、ワカメとかガムとか。」
「俺は普段しないだろう?」
「覚えてないわ。」

嫌だったら逃げろ、と前置きを置いて顔を近付ける。20cm、10cm、5cm。唇が付きそうになったところで、タンマと声がした。

「なんがしたかと?」
「お前のことが色々知りたい。」
「どういう意味でね。」
「こういう意味でだ、目を閉じろ。」
「嫌。」

すがっている壁にあいつの肩を押し付けて、俺は目を開いた。拒否、というより不安げなその瞳が何となく俺を満ち足りた気分にさせる。

「仁王、俺はお前が好きだ。」
「俺は」
「お前の答えなど聞いていない。」

あいつの言葉を遮ることは、深みに自ら嵌まり込んでいく感覚に似ていた。歩を進めようとすればするほど、何処までも沈んでしまうかのような焦燥感を掻き立てられる。それを面白がる俺は性格が悪いのだろうなとその時初めて考えた。


その後俺が理解したところによると、あいつが人と関わるのが好きでない理由は、実生活に露骨な悪影響が出てしまうからだった。
俺を避けようとするあまりに、学校は休むわ昼飯は食わなくなるわ保健室に通うようになるわ。やっぱりあいつは見ていて面白いなと笑っていたら、柳生からひどく叱られた覚えがある。
その中で、貴方は不健康な仁王君が見たいのですかと尋ねられたので、あぁ見たいなと返したら、柳生は凄まじい形相になった。過保護な親友が居るのも中々大変だなと俺は思っていた。
あいつの色々な顔を見てみたい、色々なあいつが知りたい。その為ならあいつが傷付くことだって、俺は笑って見ていられるだろう。
ある日、思い立ってあいつを追いかけ回した日があった。授業終わり、移動中、休み時間、部活中。3回目辺りから物音に敏感になり始めたあいつに俺は何故だか分からないが嬉しくなった。
俺はあいつのことが好きなのだろう。毎日毎日飽きもせずあいつのことばかり考えているなんて、恋と言う他無い。
あいつは、俺のことをどう思っているのだろうか。嫌っているのだろうか、それとも好いているのだろうか。どちらにせよ、俺は他人とは違う接し方をされている自信があった。
話が動いたのは、あいつと俺が2人きりで部室に残っていた時だった。俺は鍵当番で、あいつは遅刻の罰走で。


「俺はお前が好きだぞ仁王。」
「俺はお前さんのこと嫌いじゃ。」
「嫌いなのか。その割りには俺と会話をするんだな。」
「……何が言いたいん。」

俺は何も言わないのにと歌うように言うと、あいつは着替えの手を止めてまでして睨んできた。入られたくない範囲を土足で踏み入っているのは承知の上で、俺はあいつと視線を合わせた。

「お前が俺を好きになろうが嫌いになろうが、俺はお前との付き合い方を一切改めるつもりはない。お前は今まで通りの人間関係の中で生きていける。」
「何を」
「だから俺はお前の全てが知りたい。他人には見せない・見せたくない部分であっても、俺は一歩も引かずに受け止める。何があったとしても、ずっとお前だけの味方であり続けよう。」

人が一人で居ること即ち孤独ではない。だが、あいつは一人で居ることで、孤独であることを望んでいた。
それは面倒だからではない。面倒ならば、あいつは今俺の目の前に居る筈がない。誰とも仲良くならないよう、ずっと一人で居る筈だ。

「俺はお前が好きだ。ずっと俺の傍に居てくれ。」
「……嫌よ気持ち悪い。」
「嫌なのか? 俺とお前は見た目的にも内面的にもお似合いだと思うのだが。」
「俺は女の子がええと。」
「全員振ってきたくせに?」
「付き合うんめんどいだけやし。」
「ならば俺はめんどくない付き合い方を提案しよう。月1回だけどちらかの家で過ごす以外はこれまで通りでどうだ。」
「それ付き合っとるって意味無いんと違う?」
「大事なのは他者排除の為の表示行為であり、本人同士が付き合っていると言えば他者が介入する箇所は絶対的に生じないと言えよう。」
「まぁ嫌やけど。」
「嫌か? 付き合っても付き合ってなくても同じ様なものなのに?」
「男と付き合うんなんか真っ平ごめんやのぅ。」
「なら俺が女だったら付き合うのか。」
「んー…まぁ参謀ぐらい頭の早いんやったら面白かろうの。」
「お前は恋愛に楽しさを求めているのか?」
「死ぬまでの暇潰しじゃろそんなもん。」
「ならお前の暇潰しの相手として俺を選べばいい。」
「何でじゃ。」
「俺は面白いのだろう?」

あいつが俺を見て、眉をしかめた。それは何を言っとるんじゃと馬鹿にした表情ではなく、やられたと相手の術中に嵌まってしまった時の表情だった。

「俺と付き合えば、この様に楽しい時間が過ごせるぞ?」
「参謀は何が面白いとね。」
「お前の反応がいちいち面白い。」
「微妙に失礼と違うのその台詞。」
「そうか? 俺としては誉め言葉だったんだが。」

あいつが着替え終わり、ロッカーを閉じる。くるりとした色素の薄い目が上目遣いに俺を見た。

「付き合ってもえぇよ。」
「ほう、また突然の風の吹き回しだな。」
「そんかわりちゅーはせん。」
「ファーストキスは大事にする派なのか、意外だな。」
「違うわ、俺がお前さんに嫌われるようにするだけよ。」
「自信があるのか。」
「あるよ。」
「ふむ……では俺はお前に好まれるように努力するとしよう。」


それがスタートラインだったな。平均的な恋愛関係の開始事由から考えるならば、確かに変わっているかも知れない。が、俺とあいつらしいと言えばそうなるだろう。
今は? 何も変わってない。初めの頃はあいつも拒絶していたが、良心の呵責やら俺がしつこいというのもあって、殆どなされるがままだな。
何だかんだ言ってあいつは遥かに俺よりか常識人で真っ当な人間だからな。そう言われるのは嫌いらしいが。
クリスマスは忘れていたらしく何も貰えなかったが、今年の俺の誕生日には1切れに1本必ず鷹の爪が入った手作りのミートパイをくれたしな。無論俺はプレゼントなんて無くてもあいつのことが好きなんだがな、分かってないなあいつも。

…一応自分の愛情が常軌を逸していることぐらいは理解しているつもりだ。だが、どうしていいのかがよく分からない。
好意でも嫌悪でもどちらでもいいからあいつの頭の中に居たい、あいつの思考を支配したい。俺があいつのことを見る様に、あいつが俺を見ていて欲しい。
結果、俺はあいつが何をしていても許してしまうし、拒絶することが無い。例えば浮気したとしても浮気しているあいつを見ているのが面白い。その理由が俺にあるかと思うと幸せな気分になれる。自殺は流石に俺が面白くなくなってしまうので止めてしまうが、それ以外のことだったら俺は大抵受け入れてしまうだろう。やはりこれは普通の感覚からすればおかしいのだろうな。


「お前はどう思う?」



[End.]
エピローグ:秘密の形は目に見えず(8720&ユキアカ)


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