[秘密の形は目に見えず](8720&ユキアカ:[例えばそれが一つの愛の形として]エピローグ)





「…言ってる意味がよく分かんないんスけど。」
「そうか? ならもう一度分かりやすく」
もうお腹いっぱいっすと赤也が首と手を横に振る。そうか?と柳は首を横に傾けた。
「てか柳先輩と仁王先輩って仲良くなかったんすね。全然そんな感じに見えなかったっす。」
ロッカーの扉裏にある鏡と一緒にネクタイと戦っている赤也が呟く。遠くなった蝉の鳴き声を聞きながら、柳は鞄の中身を整理し始めた。
「急に仲が悪くなったら色々と面倒だろう?」
「…まぁそうっすけど。」
思い当たる節があるらしい赤也が一瞬だけ返答を迷ったが、柳は気にしないことにした。
「それに、俺があまりにも完璧過ぎて愚痴ったところで惚気にしか聞こえないと柳生に言われると嘆いていた。」
「どんだけなんすか。 」
柳が腕時計を見る。もうそろそろ帰ってくる頃だなと仁王用のタオルと着替えを出し、鞄のジッパーを閉めた。
そして部室の扉に近付き、タイミングを計ってドアノブを回した。柳がドアを開けた瞬間、扉の前に居た仁王と幸村を見て、赤也はひぇと驚いた声を上げる。
「お帰り雅治。」
「何で居るんじゃ。」
「柳は鍵当番だよ仁王。」
むっとした表情の仁王にやんわりと言うと、幸村は満面の笑みで赤也の隣に移動した。あまりにも無駄の無いその動きにも一瞬赤也は驚く。
「何話してたの?」
「俺と雅治の馴れ初めについて少々。」
「あぁ、あのストーカーね。」
手慣れた幸村の返答に赤也が噴き出した。柳からタオルと制服シャツを受け取った仁王は、面倒そうにのろのろと赤也の右隣に立つ。
「ほんまストーカーじゃし変態じゃし。」
「お前の御望み通りキスはしていないぞ。」
「そういう次元の話をしとるんやなかと。」
汗まみれのユニフォームを脱ぎ、仁王は自分の鞄に放り込む。その光景を笑って見つめていた柳は、部室のドアを閉め、背もたれにする。
「その割りには君たち仲良いよね。さっきもここに来るまでずっと君の話だったよ。」
ヘアバンドを外し、いつもの温厚な目付きになった幸村が柳を見た。それを受けた柳は事実かと仁王を見る。仁王は無視した。
「仲良いんと違うわ、参謀が憐れなだけよ。」
「ほう憐憫の感を俺に抱くのか。嬉しい話だ。」
「話以上に深刻だねぇ。」
幸村が面白がると、仁王はますます不貞腐れた顔になり、柳は嬉しそうになる。何だこの状況と把握しきれない赤也は、取り敢えず不機嫌そうな仁王に声をかける。
「仁王先輩ってやっぱり柳先輩のこと」
「嫌いよ。」
「嫌いだったら話さないだろう? お前が心の底から嫌っている奴と連絡以外の日常会話を行う確率は0%だ。」
「そーゆーことが嫌いじゃ言うとるじゃろ。」
俺んこと何も知らんくせに、と仁王は口の中で吐き捨てる。普段は見せない仁王の怒りに赤也は慌てて幸村を見た。
しかし幸村は平然とした様子で着替えを続けている。まるでいつも通りだと言わんばかりの涼しい顔で。
「痴話喧嘩が出来るのは仲が良い証だよ。」
「痴話喧嘩と違うんじゃけど。」
「そう? それでも激しい感情を見せられるのは自分が本当に信頼している相手だけだってこの間読んだ本には書いてあったよ。」
上辺でしか付き合いの無い人間は重い感情をやり取りするには不向きともね。シャツの襟を立ててネクタイを巻きながら、幸村が火に油を注ぐ。それを聞いた仁王は殊更不機嫌そうになり、柳は興味深そうに微笑む。
「だから俺には赤也、柳には仁王が要るんだよ。」
「…何か話飛んでません?」
「参謀は俺が居らんでもええやろ。」
仁王がロッカーを乱暴に閉じる。そして幸村を睨み付けた。幸村は微笑みを崩さないまま、仁王を見る。
間に挟まれた赤也はあわあわと2人の顔を交互に見比べる。その内、幸村が目を伏せて笑い、冷ややかな空気が終わる。
「さっきも言ったけど、君のその自信の無さは命取りだね。」
仁王が押し黙る。その悔しそうな顔は2年間しか付き合いのない赤也にとっては、見たこともないほど素直な感情表現に映った。
「……お疲れさん。」
仁王が扉に向かう。逃げるような急ぎ足に振り返りつつ、お疲れ、と幸村は声をかけた。一瞬反応が遅れた赤也も、幸村に続く。
柳はすれ違いざまに仁王の表情を掠め見ると、鞄の持ち手を掴み、踵を返す。
「ではまた明日だな。」
「明日もあいつ朝練に連れてきてよね。色々詰めるところあるから。」
「了承した。」
そうして風のように去っていた柳を赤也はただ見送ることしか出来なかった。扉が閉まって初めて柳が帰っていくことを理解した程度だった。
我に返った赤也は幸村を見た。その慌てた様子に幸村は少し笑ってしまう。
「い、いいんすかあれ?」
「あの2人は馬鹿正直と超天の邪鬼なだけだから赤也が気にすることないよ。」
今日は仁王疲れてるしね、と幸村は続け、パワーリストの位置を調整する。赤也は不安に思いつつも、幸村の言葉を信じながら、鞄の中にジャージを突っ込んだ。


雅治。柳が呼びかけたが、仁王は振り向かずに5歩先を歩く。歩幅を合わせながら、柳は後ろについた。
そのまま無言で歩く。校内を抜け、坂を下り、車道に出た。色とりどりのヘッドライトが2人の間を通り過ぎる。
最初の呼び掛け以外、柳も仁王に倣って口を開かない。学校を出た時の距離を保ちながら、同じ向きで歩き続ける。

「何が面白いんやが。」

横断歩道で並んだ時に仁王が呟く。街灯と店の窓からこぼれた光に照らされたその感傷的な表情を柳は愛しく想った。
「それは俺か精市か?」
「どっちもじゃ。」
見ていた髪色が赤色から緑色に変わる。柳は前を見て、横断歩道を渡る。
「俺はお前を見ていると面白いと言った。しかし最近はそれ以外にも想うところがある、とも言った筈だが。」
知らん、と仁王は返し、店と店の狭い隙間に入り込む。家への近道をすり抜けると、塀に囲まれた素っ気ない路地が現れた。
人も居ない、街灯も所々にしかない。辺りを見回して改めて人が通っていないことを確認すると、柳は仁王の手を取った。
汗のせいか一段と冷えた仁王の指先を暖めながら、柳は手の主を見る。俯いた顔には濃い影がかかり、感情は伺い知れなかった。

「怖いのか?」
「何が。」
「俺に嫌われることが。」
「そんなんやったら、あんなん言わん。」
仁王が再び歩き始める。柳は歩くスピードを合わせ、横に並ぶ。
「嫌いと言えるのも信頼があってこそか。」
「そんなんじゃなかと。」
柳の軽口に仁王は淡々と返答する。握られたままの手に、段々熱が移っていくのが分かるが、知らない振りをする。
「可愛いなお前は。」
「そんなこと言う物好き自分だけよ。」
「そうか俺だけなのか、それは喜ばしいな。」
柳の一言を仁王が鼻で笑う。変な奴。そう考えていると、いつの間にか仁王が住むアパートまで後少しの場所に居た。
いつもの通り柳が手を離す。仁王は伏せた目のまま顔を上げ、口先を尖らせた。
「明日も起きるんだぞ。」
「言われんと知らん。」
「今言った。」
「当日に言われんと知らん。」
我儘な奴めと柳は仁王の髪を撫で付ける。ピヨッとうそぶきながら、仁王は視線を更に外へと逸らした。
「電話して30分25秒ほど後に迎えに来る。荷物だけは今日の晩にまとめておけ。」
「過保護。」
「俺の可愛い恋人の頼みだ、聞かぬ訳にはいかないだろう?」
一歩柳が元来た道に踏み出す。仁王もくるりと方向転換したところで柳から声が掛かった。
好きだぞ雅治。あの日から毎日続くその問いかけに、仁王は勿論いつもの答えを返す。


「さぁ、どうじゃろうのぅ。」



[End.]


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