「おやすみなさい、名前」
「兄さん、ちょっと待って。ストップ」
兄さんほど流暢には言えないが、ともかく静止しろという訳だ。だから兄さん、頼むから距離を置こう。ステイ。
という訳で俺が兄さんを――朱桜司の肩を押し返すと、兄さんは偏差値高めのその美貌を少し歪ませて「どうしたんですか、名前」と聞いてきた。年下の俺にも敬語を使うその姿勢、見習いたい。無理だけど。
「あ、あのさ。やっぱりおかしいと思うんだ」
「おかしい?」
「そう。おやすみの……アレ」
「? 就寝前になにかしてましたか?」
えーっ! まさかあの行為を――おやすみのキスを、箸にもかけてないって感じですか! っょぃ! と脳内で茶化すだけで一切口に出来ないから俺、ほんと根性ないです。
いや、しかし今回ばかりは丸め込まれる訳にはいかないのだ。なぜなら、「やっぱちょっと変じゃね? おやすみのキスって男兄弟で、しかも学生がするか?」と思っていた俺氏、今日クラスメイトの女子にその話が漏れた瞬間『兄弟BL!』『近親相姦萌え!』『お兄ちゃんは調教系攻め!?』とか言い出したので間違いを悟った。腐女子どもは全員訴訟。
あとはこの、浮世離れしたお坊ちゃま系イケメンで売っているアイドルを諭すだけ――!
「ああ、もしかしてKissのことを言っていますか」
「そう、それだよ!」
「ふむ。……名前、どうして急にその提案を?」
「え? えっと、今日学校で……」
つらつらと説明。
すると兄さんは、晴れやかな顔でこう言った。
「却下ですね♪」
「だろー、止めたほうがえええ!?」
「どうして私たちが、一般大衆に合わせる道理があるのでしょう。確かにIdolとしての司は、大衆に歩み寄ることを心がけてはいますが」
さわ、と兄さんの掌が、俺の頬に触れた。
「名前と居る時の私は、ただ一人の、あなたの兄でしょう?」
「に、にいさ……」
「他の者に合わせなくったっていいのです。朱桜家の男子たるもの、凡庸であることは罪ですらあります」
「良い話風にまとめてるけど、一ミリも良くないよ!? 俺が流されやすいの知っててそう言ってるの分かってるんだからな!?」
「ふふ。それは、兄のいう事が正しいと分かってるから、素直に従ってくださるのでしょう?」
「違うからね!?」
物腰柔らかでいて、結構強引だからだよ! という俺のツッコミは無視され、いつの間にかガッツリと腰と後頭部を固定されていた。
「ちょ、兄さん、マジ止めr」
「おやすみ、名前……♪」
「んんっーーー!?!?!」
若干イラついたのか、すげー強い力で固定してきたのもアレだけど、舌入れてきたのだけは本当ゆるさない。絶対にだ。