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痛い目、見たいの?

「君が好きだ」
 にっこり。
 おぞましいほど美しく、微笑んでいるこいつは幻覚か。
「病院で寝てたほうがいいんじゃない?」
「まさか。あんな清潔な監獄、一秒だって居たくないさ。月永くんも同じみたいだったしね」
「あいつはじっとできないだけだよ、きっとね。で、こういう時は何が必要なんだろうね。水? それとも休息?」
「いいや、必要なのは」
 するり、白い手が私の手をとった。
「返事だろう? ほら、聞こえなかったかい」
 ひんやりとした掌はずいぶんと力強く、唖然とした私をあっさりと引き寄せるには十分すぎた。まさか、まさか天祥院の胸に飛び込む日が来るとは。
 ……なんて冗談めかして言っているが、私の心臓はあり得ないほど跳ねている。ときめきとは程遠い、むしろ痛いほどだ。なんで? と脳の隅で警鐘と疑問がガンガンと音を立てる。
「天祥院、ちょっ……」
「ねぇ、好きだよ。本当に、君がすきだ」
「――!」
 耳元で、死刑判決を下されたような気分。
 何を言っているんだ、この人は。
 何を言ってるんだ。本当に。おかしい。こんなのは、ぜったい。何か企んでいるに違いない。
「……いくら誘っても専属プロデューサーにならないから、恋人にでもしようかって腹?」
「そうだね、なんでfineにつかないのか……それも不思議だったし、最近はTrickstarと絡み始めたから、もはや不愉快のレベルに達していたけど」
「そんなに私、英智の邪魔かな」
「かなりね。けれど、それはプロデューサーという不確定要素を持つときの君であって、あまり今は関係ないんじゃないかい?」
「はぁ、つまり一言でいうと?」
「僕と付き合ってほしいのだけど」
「…………本気?」
 抱き合っているような態勢で、何をしているんだろうな……私たち。通りかかった人とかいたら、絶対変な目で見てくるよ。
 とにかく、予測不可能な王様には見られたくない。皇帝のブラックジョークには一応付き合ってやったし、早く離せと彼の胸板を押す。
 ……なんで離れないのかな?
「……どうしたんだい? そんなに急に見つめられると、照れてしまうよ」
「…………英智」
「何かな?」
「本気で、私が、好きなの?」
「ああ」
 明日の天気は晴れなのか、と聞かれたかのような体で。何でもないように、天祥院英智は是と答えた。
 眩暈を感じながらも、けれど言葉を止めることはしない。
 言葉に詰まれば、呑まれてしまいそうだ。
「名前、君が好きだよ。愛している。月永くんではないけれどね?」
「理由は?」
「明白だ。君のことが邪魔で不愉快で、毎日毎日君のことを考えていた。けれど君は、決して屈しなかった。月永くんが折れて、朔間さんが封じ込められても、君は僕に対して膝を折らなかった。挙句の果てには、僕の不在中に生徒会へ剣を突き立てる始末」
「うんうん、そうね。好かれる要素が一遍もないわ」
 そうかもね、と天祥院は笑った。
「凡人が一から這い上がる。二等兵が、やがて王と刃を交える。戦いが、人の才能を押し上げる。――そういう物語に、僕はとてつもなく憧れていたんだ。たとえ凡人側に立てなくても。僕は平穏と停滞の側につかなければいけなくても。だから、君がとっても眩しかった。目障りなほどに。あまりにも眩しくて、でもその光を間近で見たくて、誘蛾灯に誘われる虫のように……」
 ぞわぞわと、背中によくないものが這い上がってくる。耳元から流される毒。やさしく、甘く苦しめるような睦言。
「君に触れようとするんだ。敗れた王の宝物に、他国の王が手を伸ばそうとしているみたいにね」
背徳感と罪悪感が、じくじくと胸を痛めた。
「……真逆な運命への憧憬ってやつ? さんざんレオを苦しめておいて、よくも私にそんなことを言うよね」
 解毒剤を求めるように、無理やりにレオの名前をつぶやく。いけないんだ、これは。この状況だけは。だってこれは裏切りだ――間違いなく!
「そういう、途方もなく意地悪な君だから惹かれてるんだろうね」
「貴方Mなんじゃない?」
「僕も君も、サディストなんじゃないかな。というか、戦わずにはいられない人種だ、おそらくはね。そして――」
 
「僕はそういう君が、ほしくてたまらないのだけど」
 青い瞳が、宣戦布告の色をもって私を見つめる。
 その目に宿るのは、昔とまったく変わりのない……絶対の支配を求める色。
 ああ。
 この目に、反抗したくてここまで来たのだ。
「…………英智。いいよ」
「!」
 ぐっ、と彼の白い頬をつかむ。
「いいよ。できるだけ貴方を苦しめてあげる」
「……何?」
「言ったでしょ? あんたをぎゃふんと言わせる為だけに、スバルくんたちを助けるって」
「言ったね。死語だよ、それ」
「いいの! これが一番しっくりくるんだから! それで、ええと」
 ここで目は反らすまい、と青い瞳をにらみ返す。
「あんたが私を本当に好きなら、なおさら苦しめてあげる。私はイエスとは言わない。これは戦争よ」
「困るなあ。それは戦争じゃなくて、一方的な蹂躙だ」
「何を抜け抜けと。それがあんたのお得意なやり方じゃない」
 ここまで言えば、さすがに引くだろう。
 そんな不利な戦いに挑むほど、生徒会長は暇ではない。どうせ利用したかったのなら、下手なじゃじゃ馬よりも乗りこなしやすいサラブレッドを選んで使い倒す。そういう男だ。
 ただ問題が一つ。
「――はぁ。わかったよ」
「うん。これで諦めて――」
「君が『好きよ、英智』って言ってくれるまで、押し続けろってことだろう? 受けよう、その勝負」
 相手が本気の場合は、泥試合に自ら突っ込む形を作っちゃうってことで。

「でも勝負が終わった暁には、痛い目を見てもらうことになるけどね」

 天祥院英智のような男には、火をつけてしまう可能性もあるってことだ。

***痛い目、見たいの?

お題メーカーより



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