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ファーストキス、だったのに

「嬢ちゃんや、ちょっと来てくれんかのう」
 すらすらとノートに詞を書き留めていく。
最近、あんずちゃんがレオに作曲を習いはじめた。私は作曲しようって発想はハナから持ち合わせてはおらず、あんずちゃんへ千秋ばりにうるさい応援を送るだけに留めるつもりだったのだけど、レオが、
『じゃあ名前は作詞の練習でもしたらどうだ? ルカたんに習ってこい!』
 ……と提案をしてきた。レオだけしかその場にいなければ「やだ」と断ったけれど、レオの隣には『一緒に歌を作りましょう……!』とやる気のあんずちゃん。
 さすがに後輩の期待の目には勝てず、こうして暇さえあれば作詞集に向き合っているわけだ。
「うーん、ルカたんの詞は割と乙女チックだな……好きだけどUNDEADには壊滅的に合わないし、これは方向性の違いが……」
「名前?」
 ふと顔を上げると、零さんが私の正面まで移動していた。足を組んで椅子に座り、ニコニコと頬杖をつきながらこちらを見つめる彼。私もにっこり笑ってノートに視線を戻す。
「はーい、なんです朔間さん? トマトジュースはさっき飲みましたよねー」
「さすがにそこまで呆けてはおらぬ。それより何を読んでおるのじゃ、我輩にも見せておくれ……♪」
「ルカたんの作詞集です」
 左手でひらりとノートを振る。月永ルカ、という名前が見えたのか、零さんはぽんと掌をうった。
「月永くんの妹、じゃったかの? なんじゃ、押し付けられたか?」
「あー、まぁそんなとこかな……」
 つい生返事になってしまう。
 零さんは昔からよく私をかまってくれる。それは兄弟の居ない私からすればとっても嬉しくて、まるでお兄ちゃんみたいだと思っていた。彼、肝心の凛月という実弟には嫌われてるけど。
 でもたまに、今みたいなときは、すこしうるさいなぁと思うこと無きにしも非ず。兄者うるさい、という声がどこかから聞こえてきそうだ。
「名前や。この老いぼれをかまってはくれぬのか?」
「あとでね……」
「ううっ……凛月の次は名前まで反抗期か……さすがの我輩もへこむのう……」
「はいはーい、大好きだよ朔間さーん……はっ! ここに薫くんのソロを入れたら盛り上がりが――!」
 霊感(インスピレーション)が下りてきたー! ってどこかの誰かさんのセリフを借りたいところだ。
「ふむ、もっと感情こめて『零さん』と言うがよいぞ♪」
「んー、れーさん」
「……名前」
 苛立ちがわずかに滲む声。さすがに無視しすぎたか。
彼がこの声を出すのも珍しいことで、さすがの私もやべっ、と危険を察知した。王様に比べればこの我儘もかわいいものなのだ、数分構って集中して詞を作ろう。
「もう、さっきから何ですか? レオさん」
「………………」
「アッ……」
 や、
 ――やってしまった……!
「…………あ、あはは……零とレオって響き似てますよね、はは、はは……」
「……ふむ、そうじゃのう。我輩と月永くんはそんなに似てるかえ?」
「い、いや顔は全然……」
「ではジョークというやつか。我が愛し子は本当にお茶目さんじゃのう♪」
「あ、あの、朔間さん」
 ごめんなさいと速攻で謝ろうとしたけれど、喋るなという空気を全面でひしひしと感じとれて、何も言えない。吸血鬼というか、メデューサに見つめられたような感覚だ。言えないし、動けない。
「本当に、かわいい愛し子じゃのう」
 その言葉に嘘なんてない、とでもいうように、向かい側から頬を撫でられた。そしてその親指が、私の唇をわずかに押す。
「じゃが……そのお口は少々、かわいくないことを喋るものよ」
「……っ」
 ぎらり、赤い目が光った気がした。
「――いっそ塞いでしまおうぞ」
「さ、朔間さんっ、ちょっ――んぅっ!?」



 唇をそっと離す。
 零が強引に口づけた唇は想像以上に柔らかく、少女の頬は予想外に赤くなっていた。
 そして何より、自分がここまで客気づくとも思っていなかった。レオ、という二音でここまで機嫌を悪くするようではまだまだじゃのう、と内心自分に対して苦笑するも、今は反省をしている場合ではなさそうだった。
「…………き、キスした……」
「む、そんなに驚いたかえ」
 わかりやすく好意は伝えていたし、名前は分かりやすく慕ってくれていたと零は思っていた。そんなに驚かれるとも思っていなかった。
「嬢ちゃんをびっくりさせてしまったかのう?」
「お、驚くに決まってますよ! だ、だって」

 初めて、だったのに。
 ぽつり、僅かに恍惚に濡れた声で、彼女が言うから。

「……おお、これは済まなんだの」
「か、軽いっ! も、もう……零さんはそりゃ、いろんな美人とちゅーした経験あるかもしれませんけどね! 私なんて恋愛のれの字もない女はこんな――わっ!?」
 彼女の小さな後頭部へ、もう一度手をまわす。
 ぽかん、とこちらを見つめる少女の瞳は、無垢のまま。
「それは行幸じゃ」
「え……?」
「じゃあ、セカンドもサードも奪われぬよう、我輩ってば頑張ってしまう気がするのう。……というかするぞ」
「れ、零さんっ! 口調口調!」
「ああ? いいだろ今更。おら、口開けろ」
「え、ええ?」
「二度と他の男と間違えぬよう、その可愛いお口に叩き込んでやろうのう?」
 明確な嫉妬の言葉に、少女の瞳が嬉しそうに揺らいだのが分かった。こんなに幼い彼女が、背徳感の類を味わうのは、まだまだ先だろう。騎士の女王に手を出す、という背徳感を味わうのは零一人の特権だ。しかも、今日限りの。
 今日を超えれば、彼女は魔王の眷属、零の恋人なのだから。
零は一人結論づけると、何よりも甘美なその唇へと、二度目を刻み付けた。

**ファーストキス、だったのに
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