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貪欲にも時間がほしい

ジュンくんに会いにホテルに行った。
というのも、【サマーライブ】についての報告を……とか堅苦しい理由ではなく。単純に、リアルで会うのは久しぶりだからだ。

一年前、電車で痴漢に遭ったところをジュンくんに助けられた〜といういきさつはあれど、今は説明を割愛する。とにかく、そういうきっかけで私とジュンくんは知り合いなのだ。SNSのアカウントも交換し合い、なんだかんだと一年間連絡を取り続けていた。

今回、夢ノ咲学園で仕事をするから、一度会いたいって言われたので、喜んでこうして会いに来たわけだ。

ジュンくんは相変わらず礼儀正しい子で、一時間も私のお喋りに付き合って貰ったというのに、「お土産です」ってキッシュケーキまで持たせてくれたのだ。……日和にとられる前に帰ろう。

さっさと一階までエレベーターで降りていざ帰宅! と思った矢先、私はホテルのロビーで思わぬ人物に遭遇した。

「北斗くん?」
「ん? 名前先輩、なぜこんなところにいる」

ロビーのソファに座り、無料の新聞に目を傾けていた北斗くんが顔をあげ、驚いた顔をした。ああ、確かに私は【サマーライブ】の担当という訳でもないし、このホテルに居る理由が分からないか。

「北斗くんこそ、どうしたの?」
「俺は、巴先輩に今後のレッスンで課す『宿題』についての話をしに来た。と言っても、向こうが勝手に呼びつけただけだが」

なるほど、いかにも日和らしい。
北斗くんは電車でここまで来たため、少し予定より早い時間にホテルについてしまい、仕方なくここで時間を潰していたと付け加えた。

「あはは……日和と仕事するのは大変でしょうけど、頑張ってね」
「うむ。ところで、先輩の方はなんの用事があったんだ?」
「私は、ジュンくんに会いに」
「……漣ジュンに?」

きょとん、として北斗くんは首を傾げた。

「先輩は、漣ジュンと面識があるのか?」
「うん。一年前に縁があって。さっき一時間くらい話し込んできちゃった。お土産にキッシュケーキまでくれたの」

左手に持っていたケーキ箱を顔の横に持ってきて笑った。ここでジュンくんの可愛さをつらつらと述べてもよかったのだけど、日和と待ち合わせしているというなら邪魔しちゃ悪い。今日はやめておこう。

「漣と仲が良いんだな、先輩」
「うん! 北斗くんも仲良くしてあげてね!」
「いずれは敵だが、今は仕事仲間だからな。努力する」
「良かった。じゃあね、お仕事頑張って」
「――いや、ちょっと待ってくれ」

出口に向かおうと振り返った私の腕を、北斗くんが掴んだ。え? と思って振り返ると、北斗くんはじっとこちらを見つめている。

「名前先輩」
「は、はい?」
「いま、時間はあるだろうか」
「? あるけど……」
「じゃあ、そこのカフェで一服していかないか?」

え!?
北斗くんらしからぬ、まるでナンパのような発言に目をむいた。大丈夫? これ、中身薫くんじゃないよね? と聞きたい気持ちをぐっとこらえ、私はこくこくとうなずいた。

「え? え、えっと、良いけど……北斗くんの時間が……」
「あと三十分ある、問題はない。……来てくれるだろうか」

言葉の後半は、少し不安げで。こんな顔で見つめてくる後輩のおねだりを、私が断るなんて無理な話だ。不安を払拭するよう、「うん!」と勢いよく返事をしてみせると、北斗くんは嬉しそうにふにゃりと笑った。



「チーズケーキになります」

ことん。
と、私の目の前に置かれたケーキ。種類としては所謂ベイクドチーズケーキだ。土台にクラッカーを敷き、その上にはオーブンできつね色になるまで丁寧に焼かれたのであろうケーキが鎮座する。

「えっと……ありがとね北斗くん。なんか、ケーキ奢ってもらっちゃって」
「いや、構わない。むしろ俺が奢りたい気分だったので、先輩の気にするところではないと思ってくれ」
「奢りたい気分……?」 

何それすごい。そんな気分になる日があるとは、北斗くんはずいぶん気前がいい。

私は感心しながら、北斗くんの限りある時間を無駄にしない為、ケーキにフォークを入れた。一口含むと、ずっしりと重みがあった。咀嚼すると蕩けていくような味わいに、思わず頬が緩んだ。

「美味しいだろうか」
「〜! とっても!」
「良かった」
「ねぇねぇ、北斗くんも一口食べてみなよ! ほら、ここならまだ私口付けてないから!」

私のフォークを入れた反対側を、北斗くんの方へ向ける。彼は少し迷ったようだったけれど、結局備え付けられていた二本目のフォークを手に取った。

「美味しいでしょ!」
「……うむ。さすがホテルのスイーツといったところだろうか?」
「だねぇ。ふふ、ありがと北斗くん! 美味しいモノ食べさせてくれて」
「いや。俺が勝手に満足しただけだから、気にしないでほしい」
「満足?」

どういうことだろう。
ケーキを奢ってくれたのも北斗くんだし、むしろ彼に損をさせて申し訳ないはずなのだが……?

と、私が疑問に思っていることが伝わったのだろうか。北斗くんは苦笑いして、ぽつぽつと説明を加えてくれた。

「ああ。なんだろう、自分でもよく分からないのだが」
「うんうん」
「漣が、名前先輩と一時間も話し込んで、おまけにケーキを渡したと聞いたのが、何となく引っかかる」
「え」
「ので、俺も三十分でも良いからあなたと話したかった。土産に持たせるのは無理だから、ケーキを奢ろうと思ったんだ。予想外に、名前先輩と同じケーキを食べるという幸運まで降ってきたので、俺は極めて満足していると言える」

顎に手を当てて、まるで自分の行動を分析しながら反芻しているように北斗くんがそう言った。

「こ、幸運って……そんな」
「大げさだっただろうか。時間単位では漣の半分以下しか話せていないとはいえ、やはり埋め合わせとしては幸運すぎるほどに感じる。俺の所感でしかないが。それに」

先輩と二人きりで話せるのが久しぶりで、嬉しかった。
あの時は先輩が俺にクッキーをくれたので、お返しがしたかった。

そう言って彼は、また満足げにコーヒーを啜った。ちらりと腕時計に彼の澄んだ瞳が向けられると、「ああ、もう時間か」と彼は呟いた。

「すまない先輩、俺は先に出る。伝票を持っていくので、先輩は食べたらそのまま帰ってくれて構わない」
「え!? そ、そんな全部奢ってもらうなんて!」
「気にしないで欲しい。もし気にするのならば、」

「代わりにまた、俺と一緒にカフェで喋ってほしい」

漣との一時間に届かない、俺の残りの三十分も。
貪欲だと笑われるかもしれないが、――どうしても欲しい。……あなたの時間をそこまで横取りしたいなんて、俺はどうかしているかもしれない。不思議な気持ちだが、嫌じゃない。先輩もそうなら、来週また、ここに来て欲しい。

……なんて。

そんな、そんなとんでもない口説き文句を、惜しげもなくぶつけて、挙句の果てにあっさりとレジまで向かってしまうのだから!

「――の、喉通らない……」

気が動転して、呑気にケーキを咀嚼することが出来なくりそうだ。ましてや、心臓が痛いせいでケーキの味なんて分かりっこない。――絶対にだ!



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