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Knights the Phantom Thief

Step.32 霧

月光すら差し込まない、深夜の森。歩くたびに、枯葉を踏みしめる音と湿った土のにおい、寂しい気持ちが、地面の下から立ち上ってくる。薄暗く、いつでも霧の立ち込める道だったが、幼いころ何度も歩いた場所だ。感覚だけは確かだった。

だから――死に場所だって選べる。

父さんが死んだ場所、『モンスター』に殺された場所。
いや……その記憶さえ、曖昧だ。今までずっと信じていた記憶なのに、最近は信じられないのだ。周りは最初から信じていない、化け物の記憶。自分だけは信じていた、けれど。

「ああ、もう、嫌だ……」

さっき自分は、セラピストを撃ち殺そうとしていた。これでもう、自分は気狂いだということがよくわかった。ならばもう、良い。この記憶は間違いのまま、狂言のまま、持ち主さえ消え去ってしまったら。

右手に持っていた銃の、その銃口を見つめる。
そのまま、ゆっくりと、自分の額を、めがけて――

「ゆうくん、止めて!」
「なっ――!?」

忌まわしい先輩が何処からかともなく現れた。ここまで自分の邪魔をしてくるとなると、かえって笑いが出そうなほどだ。

しかし、その笑いは、もう一人の人物によって止められる。

「銃を捨てなさい、遊木くん。貴方は狂ってなんかいない、そう思うように仕向けられただけよ」
「――『あの女』と、泉さん!?」



「どういう組み合わせなの? なんで二人はここに居るの」
「ゆうくんのおバカな自殺を止める為に来ただけだよぉ〜?」
「っ……! うるさい、貴方はいっつもそうだ! 僕を見透かしたように語って、見下げて! 僕は狂ってるんでしょ、無理して庇わなくていいよ! 僕だってわかってる!」

なんてことだ。泉がここまで嫌われていたとは、想定外だった。完全に興奮状態で叫ぶ遊木は、中々落ち着いてくれない。

「落ち着いて。貴方の記憶は、防衛機構が働いて改ざんされていたかもしれない、けれど今、貴方は少しずつ本当の映像を思い出してる。そうでしょ?」
「……もう分からない、僕は『モンスター』を見た気でいた、けれど昨晩僕は、夢で、人間を……! もう嫌だ分からない! 死にたい、死にたいよ……!」

遊木が震える手で銃を握りしめ、口内に銃口を差し込もうとした。やめろ、と泉が叫ぼうとしたが。

それよりも早く、その銃を取り上げた手があった。

「いい加減にしなよ……? 『Trickstar』の遊木くん。アンタが訳分かんない死に方したら、ま〜くんが可哀そう」
「え……ま〜くん? って、まさか、衣更くん?」
「そう」
「誰ですか、衣更というのは?」
「ス〜ちゃんは知らなくても平気」
「凛月、司くん! あんず先生は」
「近所の交番に送り届けてきた。今頃は、きっと町医者に診てもらってるはずだよ」
「ケガなどありませんでしたがね。念のためにと、町の警官が強く勧めてきたので、言う通りにしておきました。鳴上先輩も、すぐに合流すると思うのですが……」
「あらあら、遅刻しちゃったかしらぁ?」

噂をすれば影、だろうか。司と凛月とは反対側から、嵐が優雅に歩いてきた。

「ごめんなさいねぇ、用心のために銃を用意してたら、ちょっと遅れちゃって。短銃とロングレンジ、どっちが必要になるか分からないから、色々用意してきたのよ」
「鳴ちゃん。ありがとう、今のところ銃は必要ないよ」
「あらそう。いらない用心だったわねぇ」
「うん。……ほら、遊木くん。別に誰も死んでないんだし、貴方が死ぬ必要ないよ」

穏やかな声で、名前が優しく語り掛けると、遊木も少し落ち着きを取り戻したようだった。

このような場所だが、ようやく彼にちゃんと説明することができそうだ。名前は静かに息を吐いて、まっすぐ彼の方を見た。

「『モンスター』を見たのは、貴方の気が狂ってるからじゃなくて、薬のせい。足元の霧を見て」
「霧……?」
「『モンスター』は人間の恐怖を増幅させ、強い幻覚症状をもたらす薬なの。恐怖が増幅すると、攻撃的になる……その性質を利用した化学兵器。やっと分かった――あなたはどこでそれを摂取したのか」

薬は、噴霧散布されていたのだ。
森にはいつも霧が立ち込めているらしい。
つまり、この森には、いつでも『モンスター』という薬を散布する機械が設置されていたということだろう。

子供のころ、毎日のように父と狩りに行ったという彼。森にも非常に慣れており、何度も通ったことはよくわかる。

「これは霧じゃなくて、微弱な薬。土の中に圧力パッドが仕込まれていて、森を歩くたび、貴方は自ら薬を浴びていた。――幻覚症状を引き起こす薬を」
「な――ほ、本当に? なら、僕はおかしくなんか無かったってこと?」
「そう。貴方がおかしくなった、って誤認する状況を作り上げないと『都合が悪い』人間に、貴方はハメられてたわけ」
「誰!? なんで僕にそんな――」

遊木くんのお父さんは、きっと『モンスター』という薬を知ってしまったのだ。研究員は、その研究内容の秘匿に重きを置いている。なので、彼の父は――死んだ。

そして、何らかの形で『モンスター』という単語を聞いた真くんが、成長した時に『モンスター』の本当の意味を知ることのないよう――薬で、化け物の幻覚を見せ続けていたのだ。

今回、彼が田舎に引っ込められたのも、恐らく薬の効果が切れそうだったから。戻ってくれば、真は必ず父を偲んで殺された森に向かうだろう。――薬がばら撒かれているとも知らずに。

そこまで言うと、遊木も理解が及んだのか。「酷い」と一筋涙を落とした。

「亡き人への思慕を弄び、良いように使うとは……許せないことですね」

素直な司も憤りを感じているのか、拳を強く握りしめていた。根が善人な泉もまた、さすがに思う所があったのか、慰めの言葉をかけようと口を開いた。

――が、それは寸前で止まった。代わりに、違う言葉が。

「――遠吠えが聞こえる」
「え?」
「名前、モンスターは居ないんでしょ。だとしたら、この鳴き声は」

身を震わすような獣の狂暴な遠吠えが、今度は一段と大きく響く。崖の方からだった。自然と全員がそれに目を向けると、そこに居たのは。