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Knights the Phantom Thief

Step.32 セラピスト

駅に降り立ったころには、すっかり正午を回ってしまっていた。
このまますぐにでも遊木を呼んで、彼の納得する説明が出来たらその時点で『Knights』の勝ち。名前は、その身柄を【Thief】に確保される約束だ。

身柄を確保するとは言いつつも、レオのことだ。きっと彼女を悪いようにはしないだろうし、上からの圧力もあっさり無視するだろう。ようやっと平穏無事に物語が集結する訳だ、と泉はタカをくくっていたが。

「ん?」

泉のスラックスのポケットが震えた。着信があるようで、画面にはなんと『ゆうくん』の文字。

彼からかけてくるなど何年ぶりだ。というか在っただろうか? とばかりに泉は喜び勇んでそれに出た。

「もしもし、ゆうくん!?」
『…………』
「え? ちょっとぉ、どうしたの〜?」
『っ、ひっく……うぅ……』
「は!? あんた、誰!?」

突然、耳元で知らない女の泣き声がした。
電話の向こうの相手は、何やらパニック状態らしく、うわごとのような言葉ばかり繰り返している。何があった、と泉が困惑していると、横から名前がスマホを奪った。

「もしもし。あんず先生で間違いありませんか」
「あんず先生? 誰なのそれ」
「セラピスト」
「ああ、あんたがポンコツって言ってたやつ?」
「いや、この問題に関しては、この世の人間のほとんどがポンコツになるくらい難しいものだから、別に彼女が特別ポンコツなわけじゃないよ。まさか患者が、心を病んでいるのではなく物理的に薬に当てられてたとか想定外だよね」

二人がさらさらと流れるような会話をしている間に、相手は少し嗚咽を抑えられるようになったようだった。名前は出来る限りの優しい声で、泣いているセラピストに語り掛ける。

「何かありましたね?」
『は、はいっ……ああ、どうしよう……』
「どうしよう? あんず先生が何かしてしまったのですか?」
『ううっ、ひっく……そ、の、トラウマを克服する方向性で治療を行っているんですけど、遊木くんが……!』
「ゆうくんに何かあったの!?」

隣で泉が叫びだす。電話の向こうの相手にも聞こえたらしく、少し怯えた様子が伝わってきたため、名前はすっと泉の口を塞いだ。喋るな、と言いたいらしい。

「落ち着いて、ゆっくり話してください」
『は、はい……、さっき、遊木くんの治療中にっ……彼、何か思い出したようで、パニック状態になって、それでっ……ううっ、ぐすっ……』
「それで……?」
『私に向かって、銃を……!』
「!?」

ショックを受けているであろうセラピストの手前、二人とも叫びこそしなかったが、視線がかち合った。一般人に銃を向けてしまうほど混乱しているとしたら、かなりマズい。

「遊木くんはどこに」
『分からない……わたしを撃とうとして、寸前で気づいて、怯えながら家から出て行ったので……っ』
「先生にケガはないですか?」
『平気、撃たれてないから……』
「人を呼びますから、家から出ないで下さい。そこで待ってて」

そこまで言って、名前は電話を切った。

遊木が銃を持ち出し、幻覚症状かは分からないが、他人を撃とうとした。そこまでならばまだよかった。

が――遊木は自分のその異常行動に気づいた。
気付いてしまった。
彼は薬に当てられていない間は、まっとうな思考回路を持つ普通の人間だ。当然、そんな『危険な』自分に耐えられる訳もない――!

「泉」
「わかってる、急いで家まで戻って車に乗るよ」
「うん。依頼人が自殺とか、目も当てられないからね……」

二人はそう言うと、駅の構内を駆けだした。
もはや一刻の猶予もない。