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Knights the Phantom Thief

Step.32 車掌

泉の故郷に帰るには、結局のところ鈍行列車しかない。急を要する今、鈍行に乗るしかないというのも中々苛立つものだが、文句を言っても始まらない。泉は○○町行きの切符を二枚買って、名前の手を引いて改札をくぐった。

既に鈍行は止まっており、そこに乗り込む。さてどの車両で座ろうかと泉が廊下を見回していたところに、にゅっと人影が横から割り入った。

「はい、切符見せたってなぁ」
「はあ?」

えらくフランクな話し方をする車掌だ、と思わず泉は間抜けな声をあげた。声色からして確実に知り合いだった。

「ちょっと。何その変装、ふざけてるのぉ?」

車掌の格好をした、ごく普通の青年だ。
しかし、【Thief】チームのうちの一つ『Valkyrie』のメンバーたる青年であれば事情は別。リーダーではない方の隊員、影片みかだ。

着ている服、頭髪ともに『どこにでもいる車掌』のそれだが、彼の場合目が何よりも雄弁に彼を証明する。――オッドアイなのだ、彼は。

そして今、泉の目の前にいる車掌は、カラーコンタクトも付けずに裸眼で二人の前に現れている。これで変装と言うならば、泉は影片に教育的指導も辞さないつもりだった。

が、もちろんそこは影片も分かっていたらしい。慌てて泉と数歩距離を取り、ぶんぶんと両手を振った。

「ひえ。怒らんといてよぉ……そもそもココ、瀬名さんと『あの女』しかおらんさかい」
「あら、どうして?」

○○町に来た時の少女っぽい変装をしてやってきた名前が、人懐っこい様子で影片に話しかける。びくぅ! と肩を跳ねさせた彼は、今度は泉の背に隠れてしまった。

「ちょっとぉ、馴れ馴れしいんじゃないの〜?」
「俺かて瀬名さんに馴れ馴れしゅうしとうないわ! で、でも、この子が『あの女』やろ? 無理やって、絶対話せへんよぉ!」
「え……私、そんなに怖い?」

ちょっとショックな感じで名前が影片に質問している。

「初対面の人は誰でも怖いねん」
「あ、そういう。平気よ影片くん、私もあなたもデータ上ではお互いのこと知ってるでしょ?」
「データと実物はちゃうやろ! ほんま別嬪さんやで!?」
「えっと、なぜ喧嘩腰で褒められてるんだろう……?」

影片と名前の謎の会話に、泉は呑気なことだとため息を吐いた。

「ねぇ、もう駄弁るのはおしまい。で、ここを貸し切りにした理由は何なのぉ」

その泉の問いかけに、一応影片も仕事のスイッチが入ったらしい。その問いかけ自体には応えず、前方の車両へと二人を誘った。彼についていくと、案内された車両には本当に誰もいなかった。

「単刀直入に言うと、危ないからや」
「どういう意味」
「瀬名さんは危のうないから。危ないのは『あの女』やからな」
「……ちょっと。こいつは別に、悪さしに○○町に行くわけじゃないんだけど」

あからさまに名前をかばう泉に、影片は目を丸くした。名前は、唇をきゅっと軽く上げて泉を見つめているだけ。

「なんや、お二人さん出来てしまったん?」
「はぁ!? なんでそうなるのぉ、チョ〜意味わかんないし」
「え? い、いやでも……あかんわぁ、ツッコまんでええとこツッコんだかも」

影片がぼそぼそと文句を言ったが、泉には絶妙に聞こえていなかったらしい。彼は気を取り直して、にっこりと人懐っこい笑みを作った。

「ちゃうねん、誤解やわ。『あの女』を狙ってる輩が居るから、巡り巡って、結果的に【Thief】が守れって話になっとるんよ」
「狙ってるって……誰に」
「誰でも狙うでしょ。恨みを買うには十分すぎる人生だもの」

名前はさらりとそう言った。否定は出来まい。

「守れって言ったのは、零さん?」
「おん。朔間さんやな」
「うふふ。今度会ったら、零さんのナンパに乗ってあげてもいいかも」
「あんたも【Thief】になるん? あの人も、ようめげずに『あの女』を勧誘しとるなーとは思っとったんよ」
「今なら、なっても良いかなって思える」

そう言うと、名前は泉の腕と自分の細い腕をするりと組んだ。恋人にするような、甘い動作だった。

「騎士様と一緒ならね、って零さんに言っといてね」
「うわ……えげつな。あの朔間さんを振り回した挙句『Knights』の女になるとか、どこの悪女やねん。恐ろしいわぁ、同じ男として朔間さんに同情してまうがな」
「うふふ」

少女のまろい顔にはいささか不釣り合いな、怪しげな微笑みを名前は浮かべていた。

影片曰く、この車両は二両目だ。五両編成のため、一両目と三両目を繋ぐ廊下には『Valkyrie』の二人が門番として立つ。人っ子一人通さず、『あの女』を○○町に送り込む……それが『Valkyrie』のミッションらしい。

加えて遠隔操作を防ぐため、防犯カメラは全部取り外した。代わりに、インターネット環境を整え、自由に通信できるようにしたらしい。六時間あるのだから、この間に謎を解いておけということだろう。

「ほな、良い旅を。――ナポレオンをセントヘレナ送りにしたってや」

に、と影片は笑って扉を閉めた。
あと六時間――。その間に、町に残してきた『Knights』のメンバーと連携し、謎を解かねばならない。