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Knights the Phantom Thief

Step.32 幕間ー朝ー

良い子にしてないと、あの森の渓谷からモンスターが這い上がってきて、貴方を食べちゃうよ。

そのモンスターはね、夜の闇に紛れるよう、真っ黒で、大きな体をしているの。大きな空洞のような目は、絶対に悪い子を見逃さない。体のどこかが、鬼火のように燃えているから、暗くっても見えないことはないのよ。そして四つ足で素早く走り、獲物を食いちぎる姿は、まるで、

まるで――

「……猟犬」

ぽそり、と泉は自分で呟いた寝言で目が覚めた。
ちちち、と小鳥の鳴き声がどこかから聞こえてくる。カーテンの隙間からは柔らかな一条の光が差し込んでいて、うららかな朝を伝えてくる。

まだ眠っていたい気持ちを抑え、掛布団を蹴って起きあがる。……昔の夢を見ていた。

「ほんと、ママの言ってた通りの見た目だったよねぇ……」

昨夜のアレが、モンスターだと認めるならばだが。

夜の森、怯える真を引き連れた名前と凛月。そして、途中から合流した自分。全員が見たのは、黒くて大きな、謎の生き物。

眉唾物と思っていたフェアリーテイルが、急に現実として目の前に現れた気持ち悪さと言ったらない。夢に見るほど怖かったのか、とおちょくられても言い逃れが出来ないレベルだ。

「……はぁ。そういやあいつ、ちゃんと寝てただろうねぇ……?」

あいつ、とはもちろん、泉の仮の『お嫁さん』たる名前のことだ。
二日前の夜は、あろうことか夜中の二時に現れた凛月と、淫らな遊びを決め込んでいたのを思い出す。まぁあれは、彼女のせいではなく、仕掛けた凛月のせいなのだが。

第一、パイズリと言われて「?」と首を傾げる女に、どいつもこいつも手を出して……変態なのか、自分の仲間は。

というか名前も、蛍光遺伝子だの生物兵器だの、やたらめったらに知識は持っているというのに、どうして『そういう部分』だけ無知なのか。

「まるでホントに、深窓の令嬢じゃん」

彼女が町の人びとに語った、偽の人生録。深窓の令嬢だった名前が、泉と恋をして、地位も身分も捨て、この町に逃げ込んできた。陳腐ながらに人の心を打つ、恋愛物語だ。

まったく……こんな物語、レオにだけは知られたくない。とばっちりを食らいそうで。

そんな文句は、誰に届く訳でもなく。泉はため息をつきながら、部屋の扉を閉めた。



一階に降りると、既にキッチンにはコーヒーの良い香りが漂っていた。

「あ、おはよう。昨夜はよく眠れた?」
「おはよ。そっちこそ、怯えておねしょしてないよねぇ〜?」
「してないよ。ちょっと、シーツは汚れたけど」
「ちょっと。またくまくんとヤったの?」
「してないよ!」

今度はちょっと強めに、名前が否定した。直接的な言葉は恥ずかしいのか、ふんとそっぽを向いた彼女の耳は赤かった。

「あんたも大胆だよねぇ。レオくんが居ながら、他の男にえっちなことさせてあげるなんて」
「だから、してないって……。というか、レオがどうして関係あるの?」
「はぁ? 恋人なんでしょ〜」

マグカップを棚から取り出し、コーヒーメーカーを手に取る。名前からの返事がないので、不思議に思って振り返る。

すると名前は、きょとんとした顔で泉を見ていた。

「レオって、私の恋人なの?」
「は!?」
「ご、ごめんなさい。私、誰とも付き合ったことないから、どういう基準が恋人なのか、よく分からない……」

本当にすまなさそうに名前が泉に尋ねてくる。
ますますこの女性が分からなくなって、泉は眉をよせた。

「あんたって……まさかホントに、普段はお嬢様だったりすんの?」
「え? ううん。私の部屋、貴重品になりそうなものとか何にもないから」
「あ、そ。でも妙に、色気のある話には疎いよねぇ……」
「それは」

名前は困ったように微笑んだ。

「たぶん、あまり同年代の子と話したことないから、かな」
「――確か王様と再会したのは、五年前からって言ってたよね。じゃあ逆に、それより前はどこにいて、何をしてたのか。聞いてもいいわけ?」
「良いよ。別に面白い話でもないから」

名前はコーヒーを注いで、テーブルの方へ向かった。泉も反対側に座ると、彼女はふぅと息を一つ吐いた。

「そもそも、私は子供のころから父さんの仕事――いわゆる犯罪計画を立てる仕事ね。それのお手伝いをしてた。もちろん、子供だったから、せいぜいゲームくらいにしか思ってなかったけど。

で、レオと再会する前はって言われても、答えは一緒。『ずっと犯罪コンサルタントをやってた』としか言えないよ」
「でも、再会ってことは、場所はレオくんの傍じゃなかったんでしょ」
「そうだね。でも別に、普通の場所だよ。都内のビルの一室で暮らしてただけ」
「ふうん。仕事仲間と、そういう恋愛話とかならないの」
「仕事は一人でやるものだから」

仕事は一人でやるもの。
それは、泉にはあまりない感覚だった。

というも、【Thief】は基本的にチームで行動するからだ。情報屋や掃除屋に渡りをつけるのは嵐の役目、暗殺は凛月の役目、侵入してモノを盗むのは泉や司、そしてレオの役目。そんな具合に、仕事を仲間で分担するのが普通だ。

「わかんないって顔してる」
「そうだねぇ。俺は、一人じゃ仕事は出来ない立場だし」
「羨ましいな」

にこ、と名前が泉に向かって笑った。その笑顔がどういう意味なのか、泉には判別できなかったけれど。

「泉くんは私のこと賢いって思ってるみたいだけど、私も知らないこと沢山あるよ。というか、レオが私にいろいろしてくれるのは、私が知りたいって言ったからだよ」
「なにそれ。セックスが知りたいって言ったのぉ?」
「うん」
「アホだね、あんたはさぁ」
「だって、一人じゃ分かんないもん。私の知らないことは二つあるの」

「一つは、セックスって? じゃあもう一つは」

泉が呆れたように言うと、名前は少し恥ずかしそうに頬を染めながらはにかんでこう言った。

「仲間。いつか知りたいな」

知らないモノが二つ。