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自由落下

「ほあっ!?」

その出来事は一瞬だった。
シンジュク駅――別名巨大ダンジョン、しかも西口。お察しの通り階段がいっぱいある場所なので、まあ階段を昇降中の接触事故には事欠かないよね!

つまり――階段の上で他人とぶつかって落ちた!

おいおい階段から急に落ちてくるとか私は戦場ヶ原ひたぎかよ。なお普通に体重は切り取られてないので死にます。本当にありがとうございました! 治療費おいくら万円ですか寂雷先生!

と思いながら地面に激突する覚悟を決め始めた、ちょうどその時だった。ぼふっ! という軽い衝突音と共に私の浮遊感は一切なくなった。……あれ?

「――大丈夫かい、名前くん」
「…………えっ、寂雷先生?」

なんということでしょう。偶然にも、受け止めてくれたのは神宮寺寂雷その人でした。治療をお願いする前に助けて貰えたのは僥倖だ。

「ああ。どうしたんだい、もしかして受け止めたときに打ちどころが悪かったかな……脳震盪でも起こしたのだろうか」

心配そうにこちらをのぞき込んでくる寂雷先生。長い御髪がさらさらと私のほっぺに当たってくる。くすぐったいです。

「いやあ、助かりました……本当に死ぬかと……」
「本当だよ。君に万一のことがあれば、一郎くんが悲しむからね……。それに独歩くんや一二三くんも、大慌てで見舞いに来るだろう」
「見舞われる事態にならなくてよかったです……」

他人事のように言ってしまうが、実際そう感じるのだ。

一歩間違えれば命の危機ともいえる状況に陥ると、かえって冷静になるらしい。それどころか、今思ってしまったのだが……。

(寂雷先生、背高いな……)

改めてそんなことを思ってしまった。抱き留められたまま会話しているので、普段よりもずっと上の位置にある目線に驚いた。というか、成人女性の重さを難なく抱き上げる力もあるんだな、先生……細いのに意外と……。

「――名前くん」
「はいっ!?」
「反省していないだろう。もっと気を付けなさい、と言ったつもりなのだけど」
「えっ? あっ、すみません……!」
「よろしい。うん……君が落ちてきたとき、本当に心臓が止まるかと思ったよ」

抱き上げる腕に、少し力が籠った気がした。……どうやら思った以上に、寂雷先生を心配させてしまったらしい。もう一度素直に「ごめんなさい」と謝ると、先生は私の顔を見て、それから安心したように少し笑った。

「寂雷先生、私は大丈夫です」
「うん、見たところ体に異常はなさそうだ。本当によかった」
「なので先生……その……」
「?」

きょとん、と。まるで子供のような表情でこちらを見つめる先生。

「お、下ろして貰って良いですか……?」

駅でお姫様抱っこの体勢を五分以上続けるのは、さすがに目立ちすぎるので。

そう言うと、寂雷先生は「え?」という顔をした。そして徐々に私たちの置かれている状況に気づいたのか、ようやく合点がいったとばかりに「私としたことが……」と少し恥ずかしそうにぼやいて私を下ろしてくれた。

「えへへ……先生、心配させて申し訳ないです」
「表情と台詞が一致してないのだけれど……」
「だって、先生が照れてるところ、中々見れませんし!」
「まったく……君は少し、危機感というものをだね……」

照れ隠しのように始まるお説教も、今の私にはなんだか嬉しいものに聞こえちゃうのであった。ごめんね、寂雷先生!




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