‖あやかし奇譚 思い出せないのだ。 確かにあの夜、私は幼馴染のレオと、何か約束をしたのだ。 けれど、何を言ったのか。思い出そうとすれば、途端に靄がかかっていく。最近は、レオの顔ですら薄らとした靄に覆われていて、恐ろしく思うのだ。 ――答えを。 レオが言った何かと、私の答えを、知りたい。 しかし、記憶を探る以外に方法はないのに、私の記憶は、どうしてこんなに頼りないのだろう? まるで、あやかしに化かされたように――記憶が空ろだ。 「……なんてね」 自らのロマンチストぶりに苦笑する。 こんなことではいけない。明日から、私は江戸で……じゃなかった、東京で働くのだから。月永のお父様お母様、そしてレオが残した可愛い月永の娘さんを……援けなければいけないのだ。 「お姉ちゃん、まだ寝ないの……?」 噂をすれば、だろうか。ルカが寝ぼけ眼をこすりながら、私の部屋を覗いた。明日からは離れ離れになるのだ、最後の一日くらい一緒に寝てあげないと可哀そうだ。配慮が足りない自分を叱責し、かわいい女の子へと向き直る。 「ごめんねルカちゃん、あとこのお葉書だけ書いたら、行くからね」 「うん。東京にいっても、お姉ちゃん、あたしにもおはがき、ちょうだい」 「もちろん。ルカちゃんも、良い子で養生してるのよ」 「うん。あ、でもお姉ちゃん、だめだよ」 「え?」 ルカは私のところまで来て、行燈の光をぼんやりと見つめていた。 「こんなおそくまで起きてたら、だめ。あやかしが、お姉ちゃんまでさらっちゃう……」 ぴとりと、柔らかい幼子のからだが、私の背中に触れた。あたたかく、生きている鼓動もする。 「お父さんも、兄様も、さらわれたんだよね?」 「……そうだね。気を付けないと」 「うん……」 「もう、寝よっか」 「うん……!」 やわっこい手を握り、寝所へと向かう。 江戸が終わり、明治が始まり幾数十年。 明治の明るいガス灯のもとへ、私は向かうのだ。あやかしなんて入り込む隙間のない、そんな場所へ。 月の照らす廊下を歩く。今夜は、満月だ。 魔性の輝く、月夜だ――。 [*前] [次#] [戻] |