‖召抱え 朱桜家の屋敷は、外装は欧羅巴(ヨーロッパ)の家屋のそれであるが、いざ中に入ると、和室が存在していることもあるためか、割と日本風だ。働いている者たちも未だに女中、下男と呼ばれ、江戸以前のしきたりを色濃く残していた。 そんな中、一階の奥まった部屋。――旦那様が客を連れてきたときに使う大広間に、名前は冷や汗だらだらで正座していた。 「……つまり、お前はこの女中を召し抱えたいということか、司?」 「はい、その通りですお父様。つきましては、母上付の女中から外していただきたく存じます」 「はぁ。陰陽道ばかりに夢中のお前も、とうとう女を作ったか」 旦那様が、こちらをじろりと見てきた。 うう……そりゃ、司くんより年上だし、なんかおかしくない? って思われても不思議はないだろう。どうかバレませんように、と必死で祈りながら何とか微笑む。 「ふむ……まぁ良いだろう。アレにもそのように伝えておく」 「ありがとうございます」 「部屋は二階で構わぬか」 「いえ。彼女は煉瓦街に家を持っていますので、そのまま其処で暮らさせます」 「お前が不便でないのなら、私は構わん。まぁ、そうだな……お前には朱桜家の陰陽道の分野を一手に背負わせてしまっているのだ。好きにさせてやろう」 「感謝いたします、お父様。では、私たちはこれで」 「ああ」 結局、私に話をふられることなく、あっさりと私は職を手放すことができたのだった。 ――朔間零の屋敷の、使用人になるために。 * 煉瓦街にある、私の家に戻ってきた途端、司くんは大きく息を吐いて椅子に座り込んだ。 「はぁぁ……き、緊張しましたね……」 「え、司くん緊張してたの? 全然そんな風には見えなかったよ」 「そのように見せかけることだけは、得意ですから」 なんでも、司くんは朱桜家の子息の中でも末の子らしく、父と二人で顔を合わせたのも数年ぶりだそう。 司くんには腹違いの兄が何人もいるけれど、彼らとはろくに会話をしたこともなく。実質一人っ子のような暮らしをしていたため、家族と対面すると妙に緊張してしまうらしい。 「へぇ……。御曹司も、大変なのね」 「ろくに家族と言葉を交わさぬなど、お恥ずかしい話ですがね。朱桜はもともと陰陽道で名を馳せていたこともあるのですが、なにぶん子息の中で『見鬼』は私だけだったのです。ですから、幼いころからお兄様たちとは離れた場所で暮らして、陰陽道を勉強していたので……両親も兄弟も、どこか他人のようで」 あまり感傷もなく、司くんはさらりと言ってみせた。 親と暮らさない、と言う話から、ふいに私は小さな幼馴染を思い出した。月永ルカ――それが彼女の名前だ。 母は彼女を産むときに亡くなってしまい、ルカがまだ小さな赤子だった頃、立て続けに父、兄が死んでしまった、悲運な少女。今でさえ十にも満たない幼子なのだ。 私は、彼女が生きていく金を集めるために、この町までやってきた。 だからこそ、親が居ながらにして、会わない――そういう生き方を物珍しく感じたのかもしれない。 「そういう生き方もあるのね」 「やはり、珍しいですか」 「うん。けれど、司くんはお家の中で、誰かがやらなければいけない仕事を請け負ってるってことでしょ? だったら、負い目に感じる必要はないよね」 「ふふ。そう言って頂けると、嬉しいです」 社交辞令のようでいて、その微笑みは本当に嬉しそうだった。 さて。 無事、司くんがついた嘘の身請け話によって、私は零さんの屋敷で働くことになる。 司くんは最初『吸血鬼のもとで仕事など……』と難色を示していたけれど、私が悪鬼に対して抵抗する手立てを持たないこと、神隠しに遭いかけていること、などなどを考慮した結果、私の転職を手伝ってくれたのだ。 「正直、神のいましめを解くことほど難しいことはありません。私も、町の守護をしながらではありますが、色々と手立てを調べてみようと思います」 「ほんと? 何から何まで、ほんと申し訳ない……」 「いえ。守護として、煉瓦街に住む方の安全を守ることもまた、仕事の一環ですから。それに」 少年は静かに瞼を閉じ、穏やかな微笑みを浮かべた。 「同年代の方と、徹夜で起きたり、吸血鬼の屋敷に向かったり。あるいはその方の為に、両親に初めて嘘をついたり……。私の人生の中で、あまりにも足りなかった刺激が――とても愛おしいものに感じられまして。これからも、名前さんとは仲良くしたいのです」 「司くん……」 「これからも、仲良くしていただけますか」 「もちろんだよ。神様に絡まれるとは思ってなかったけどさ、自分もできる範囲でお手伝いするから。私、どうしても神様に攫われるわけにはいかないしね!」 ルカの為に。 それはきっと、昔好きだった人への報いになるから。 ――月永レオ。 それが、彼の名前だ。 齢十八で、ルカと名前を置いて逝った、あの青年の。 [*前] [次#] [戻] |