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シャドーウッドの森 

レオが居ない。
というのは大して深刻に受け取られるべき事象ではなく、まぁいつものことだ。ただ、今日は『Knights』の泉にレッスンをしたいと頼まれているため、放置する訳にもいかない。

結構あちこち探し回ったんだけど、今日は珍しく見つからなかった。

「残り十分……」

防音練習室もただではないのだ。泉が努力したいと言っているときに、足を引っ張るようでは駄目な気がする。第一努力家は応援したいのが私の性なので、なんとか探し出したい。

……と思い、とうとうやって来てしまった。……弓道場である。

「す、すみませーん……」

引き戸を恐る恐る開ける。中は無人だった。

正直、ここに近寄りたいとは思えない。いまの夢ノ咲では、弓道場はたまり場として有名だ。ここで起きるいざこざは性質が悪いものばかり。過去にレオがケガをしたのも、そのいざこざに割って入ったのが原因だった。

危険極まりないが、何せレオが弓道部員なのだ。探すならうってつけの場所、ではある。

「誰も居ない……」

オラオラヤンキー系は正直零さんだけで沢山なので、そういう人種の人に会わないのは何よりだ。というか、誰も居ないならレオもいないな。さっさと退出しよう。

板の間をきゅっと踏み鳴らして振り返る、と。

「あ?」
「んだぁ、見ねえ顔だな」

うおおおおマジか! オラオラ系AとBがあらわれた!
勘弁してくれと思ったけど、別に悪いことをしようとして入った訳でもないのだ。一応、さりげなく挨拶をしてみよう。

「こんにちは。あの、月永レオって来てませんか?」
「あぁ? 月永ァ? てめぇ、あいつの知り合いかよ」
「え、えぇまぁ……」

なんとか低い声で対応していく。まだ渉に教わったばかりの技法で、慣れない。ぼろが出ないうちにお別れしたいが。

「ふーん。あいつの知り合いなんて珍しいな」
「お前、女みたいな顔してんなぁ。なんだ、月永のカノジョちゃんか? ぎゃはははは」
「お綺麗な顔してホモかよ! ウケるわ」
「はははは……」

だーれがホモだ。
と言ってさしあげたい気分だが、やめておこう。二対一はさすがに厳しい。一対一だって無理だけどネ!

とか何とか考えて、必死に怒りを反らしていると、怯えていると思われたのか。ますます二人の弓道部員は調子づいて、いきなり私の腕を掴んできた。

「いたっ……やめてくださいよ」
「んー? そうだ、もう月永くんとヤったの?」
「は?」
「男同士なら、あんたが下っぽいしなあ? ちょっとだけなら平気だろ」
「あはははは、おまえさ、マジ節操ねえなぁ! 女っぽいならなんでもいいのかよ?」
「ちょ……」

ブレザーの襟を掴まれ、引っ張られる。さすがにこの展開は予想していなかったため、体が一瞬強張ってしまった。ますます気をよくした男子は、嫌な笑顔を浮かべている。

まずいまずい。これはまずい! 女っぽいどころか、私は女だ! まず男子の格好していることバレたら一死、アイドル科にいることがバレたら二死、このまま変なことされたら三死だ! だが残念、私はマリオではないので残機は一。このままではいろんな意味で死ぬ。

どうしよう……後ろ手でスマホを取り出して電話でもするか? まずそんな芸当は無理だが、もうやってみるほかない。ごそ、とスラックスのポケットに手を入れたその時、だった。

「貴様ら、何をしている?」

冷えた声。私にとっては聞きなれた声でも、彼らにとっては嫌な声だったのか。今度は男子の手がビクついたので、すぐに手を払って距離をとる。

「そこに居るのは一般の生徒だろう。弓道部に訪ねてきた者に、卑劣な真似をするな」
「敬人!」
「な……お前」

敬人は珍しく表情を崩し、焦ったように私を引き寄せた。さすがの私も、今回ばかりは安堵の表情で敬人にすがることにした。

男子たちは私と敬人を見比べると、ぼそぼそと何か言って去っていった。ああ、助けてくれたのはありがたいが……敬人にまでホモ疑惑がかかったかもしれない。

「ごめん、敬人……」
「いや……謝るのはこちらの方だ。だが、お前もここに来るべきではないということを、よく理解したほうがいい。月永がここに来る確率も極めて稀だからな」
「そうだよね……」
「……そう落ち込まないでくれると、助かるのだが。お前らしくもないだろう……とはいえ、襲われかけたのだったな。配慮の足りない発言だった、すまん」
「あ、そこは大丈夫。というか、思いっきりここに校則違反の生徒がいるんだけど、お咎めはないですかね……?」

一応、普通科なのに堂々とアイドル科に潜入している不良生徒なのだけど。お伺いを立てるように敬人を見れば、彼ははぁぁ、とため息をついた。

「はぁ。そもそも、お前が校則を破り始めるきっかけを作ったのは英智だろう。生徒会長が原因とあれば口を出しづらいし、今更だ」
「そういえば……そうだったね」

乱された襟を整えながら返事をする。この制服は、一年生の時に英智がくれたものだった。

レオの世話をするために、危うい潜入を繰り返していた私を見かねて、彼がアイドル科の男子制服をくれたのだ。熱中症の看病のお礼にしては、ずいぶん高いモノだが。

「ねぇ、敬人」
「なんだ」
「レオがここに来たら、電話してくれる?」
「ああ、構わん。だが今日は、部活動はないのでな。鍵が開いていたので、閉めに来ただけだ」
「あ、そうなんだ。分かったよ。ありがとう」
「おい、待て。一応送っていこう」

敬人に手を掴まれる。生徒会に反抗している人間でも、彼にとっては生徒に変わりないのだろうか。平等で、まさしく規律を守るための人間だと思う。

その優しさに、今日は寄りかかってもいいだろうか。

「いいの?」
「あいつらが逆上して来られても困るからな。『Knights』の借りている防音練習室の前まででいいな?」
「うん。ありがと……お願いするよ」

立場は変わったが、一年生の時からの友達だ。信頼している、と素直に伝えられないのが歯がゆいが……いつか、何にも憚らずに彼と歩ける日がくればいいのにな。そんなことを思いながら、彼の丁度三歩くらい後を歩いた。


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