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ネクタイと諜報  




ぴぴぴぴ……

という、普段聞きなれない目覚まし音に、一瞬戸惑って目を開ける。そうだ、今私は、秀越学園の寮で寝泊まりしてるんだった。

「……起きよう」

静かだ。郊外にあるためか、喧騒からは遠く、きわめて良い環境。

顔を洗って、制服を着て……みたいな当たり前の日常のことをこなす。ただ、いつもと違うのは。

「――あー、秀越学園の制服って、着心地までいいのか」

一応ここで過ごす間は、秀越学園の『特待生』枠として過ごすらしい。しかも私は『Trickstar』たちのようなゲスト扱いとは違い、この学園でまさしく『生活』するため、ご丁寧に制服まで支給してもらったのだ。

ちなみに秀越学園の制服は、灰色のジャケット、深緑のチェックのスカート。リボンではなくネクタイで、……むむ……?

「ネクタイのつけ方、知らない……」

しまった。昨夜、部屋に通してもらったときに茨くんに聞くべきだった。今まで制服は基本的にセーラーだったし、夢ノ咲はリボンだし。

「う、うーん。とりあえずネクタイを持って行って、料亭で茨くんにつけてもらおうかな」

ネクタイを丁寧に折りたたみ、ポケットにしまう。電子端末とiPhoneをポケットに入れ、部屋の扉を開けた。料亭までの道のりは、最悪地図アプリで見ればわかるけど……

「おはようございます、陛下! 敬礼……☆」
「うわああ!?」
「おっと! 申し訳ありません、大丈夫ですか!?」

さっそく電子端末片手に歩きスマホをしちゃってた私が悪いのか、扉を開けて踏み出した瞬間に、人に思いっきりぶつかった。茨くんだ。彼がとっさに私の身体を支えてくれた為、ひっくり返る事態は避けられたが。

「ごめんね茨くん! 出迎えてくれてたなんて、気づかなかった」
「いえ、こちらこそ事前にお伝えもせず部屋の前に押し掛けてしまって! あまつさえ、陛下に怪我を負わせるところでした! ああ、気遣いのできないうじ虫で申し訳ないっ……!」
「そ、そこまで言わなくても……って、ちょっと待って」
「? 何か?」
「その、陛下ってのは……私?」

恐る恐る聞くと、茨くんは何でもないように肯定した。

「ええ! 実は昨夜、陛下をここまで送り届けたのち、個人的に貴女のことを調べさせていただいたのですよ! あ、もちろん良識の範囲内ですのでご安心を! そこで、現在夢ノ咲で千夜さんが『女王』と称されているとの話をお見掛けし……」
「ああー、それこっぱずかしいあだ名だから! いいよ、気にしなくて!」
「はっはっは、ご謙遜を! その『女王』の名前に恥じない偉業を、数多成し遂げられているではありませんか! 『Trickstar』の革命に協力したこと、一年前にさかのぼれば、かつて閣下と相対する敵勢力で謀略を巡らせたこと、『五奇人』なるモノと渡り合ったこと! まさに女傑! 自分、感銘を受けてしまいましたよっ!」

ええ! 凪砂と敵だったことまでバレたの!?
そ、それ……茨くん的にはアウトな情報じゃないのかな。

「い、茨くん……」
「はい、何でしょう!」
「あの……私が気に入らなかったら、遠慮なく転校生ちゃんと入れ替えてくれても……」
「転校生ちゃん? ……ああ、あんずさんですか?」

どうやら彼は、ちゃんと転校生ちゃんについても調べたようだ。なら、話は早い。この制服だって、彼女と私は体格がほぼ変わらないのだから、着れるだろう。

「なぜですか?」
「いや、だって凪砂と敵だったとか、気に入らないでしょ」
「閣下が言ったでしょう、彼には二年生の彼女は『要らない』と。事実ですよ、まぎれなく。それとも陛下には、後輩を壊す崇高な趣味でも?」
「まさか!」
「ならば問題はありませんね! 第一、自分はそう言った感情論的なモノは一切無視で生きていますから、お気になさらず! それに割と本当に、交換しろとか冗談じゃないって感じです」

やれやれ、といった具合で茨くんが肩をすくめた。

「ただでさえ、『Trickstar』の皆さんは血気盛ん、『Eden』を打ち亡ぼさんと躍起になっていらっしゃるようなのに。これで転校生の彼女を閣下が壊したら、面倒ごとが増えるだけです。壊した後の処理を考えると、仕事の能率的に自分もご勘弁願いたい」

この人たち、本当に自分が一般人の『何もかも』を壊すと思っているのだろう。そして多分、それは傲慢じゃなく、客観的事実だ。

私がそれについていけるのか……むしろそっちの方が不安なんだけど、まぁ、ここまで来た以上はやるしかない。

「うん、そっか。分かった、茨くんがいいなら頑張るよ」
「ええ! それに自分、千夜さんの戦略にとても興味がありまして! 特に数ある『デュエル』の中でも――」
「わわ、待って待って。わかったよ、昨日の続きを語ればいいんだよね? でも先に料亭に行こうよ。きっと凪砂、ぼんやりと立って待ってる」
「おっと……確かに! 閣下を待たせるなど無礼でした! 急ぎましょう、陛下! ……おや?」

茨くんが、不思議そうに私の胸元を見た。
……あ。

「そうそう茨くん、ネクタイなんだけど」
「はい! 申し訳ないっ、何か不備がございましたか!」
「ううん。あのね、結び方がわかんなくて……だから、ごはん食べ終わった後、教えてもらえる?」

そう言うと、茨くんがきょとんとした顔をした。うう、恥ずかしい……ネクタイ、人生でほぼつけたことないから許して。

「あ、ああ! 分かりました! すみません、千夜さんのことを昨晩調べたつもりになっていましたが……まさかそんな初歩的なことを、自分が配慮できず!」
「ううん、そんなの多分データじゃ調べられないよね」

だから、多分そういう所を補うために、こうして数週間を共に過ごせと言われているのだろう。仮契約の相棒だとしても。

「これから、話してくうちにきっと分かるんだろうね。お互いのこと。改めてよろしく、七種茨くん?」
「――は、はい!」

一瞬、茨くんの素の表情が見えた気がするの、きっと気のせいじゃないから。

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