オータムライブ | ナノ
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蜘蛛の糸を少々  




生徒会室で、桃李の手伝いをしていた弓弦。彼のポケットがぶるぶる震えたので画面を見れば、現在あの茨の世話係をしなければならない先輩の名前が。

もしこれで茨が何か迷惑をかけていたら、彼を掃除することもやむなしなんて思いつつ、弓弦は役員たちに一言断ってから電話に出た。

『もしもし、弓弦くん?』
「これはこれは――如何なされましたか、千夜さま」
『いや、弓弦くん……今度の【オータムライブ】のお手伝いさんやるんだよね?』
「ええ。何かと人員も必要でしょうから、微力ながらお力添えいたします」
『……あのね。今度の土日に、『Trickstar』が泊まるホテルの下見に来てくれない?』
「下見に?」
『そう。茨くんが紹介してくれたとっても素敵なホテルなんだけど、一応夢ノ咲の人にもこれでいいか確認を取った方がいいと思って』

――何かある。
弓弦はそう確信した。けれど、おそらく秀越学園内にいるであろう今の彼女に、口頭で尋ねる訳にはいかない。

優雅な執事らしい態度を崩さず、彼は返事を返すことにした。

「はい、承知いたしました。では、今週の土曜に、秀越学園にお伺いいたしますので、校門で待ち合わせいたしましょう」
『うん。ありがとう』
「いえ。では、失礼致します」



「ちっ……どうして弓弦なんかを使い走りに雇うのです、陛下」
「陛下じゃないってば」
「失礼、千夜さん」
「いえ、他人の貴方は日渡さまとお呼びするべきでは? 茨」
「負け犬の遠吠えなど、聞く必要ありませんね!」

ホテルの下見をしてもらいたかっただけなのに、どうしてこうなった。

弓弦くんと校門で待ち合わせをしている最中、茨くんが突然やってきて「弓弦が来ると聞いて、慌てて陛下の護衛にやってきた次第です!」とか言ってきたのだ。いや、護衛も何も、私と弓弦くんは学友なんだが。

「茨くん、ほんとにレッスン受けなくていいの?」
「ええ、陛下にご心配をおかけする事は心苦しいですが……この七種茨、数時間のレッスンの抜けで鈍るような技術は持っておりませんので、ご安心めされてください! あと弓弦に、自分の妙な悪口を吹き込まれるのは我慢できませんからね!」
「主にそっちが本題でしょう。わたくしこそ、茨の口八丁に千夜さまが騙されていないか心配でたまらず……」
「口先だけなのは弓弦の方かと」
「茨だけには言われたくないですね」
「はいはーい、二人ともホテルに着いたから静かにね!」

ここまでムキになる弓弦くんと茨くんを見たことないから、新鮮だ。観察したくないと言えば嘘になるが、無理やり言葉の応酬を断ち切り、中へと入る。

茨くんの紹介してくれたホテルは、やはりというか秀越学園系列のホテルで、なおかつ一流っぽい。部屋を見る許可は前日に茨くんに取ってもらったので、後は私と弓弦くんが部屋に入るだけだ。

「茨くん、ほんとにここまでで大丈夫だから」
「ですが陛下……」
「凪砂を一人で学園に放置するほうが怖すぎる」
「それはごもっともですね!」

断言する茨くん。でもやっぱり、笑顔に影があるというか、不安げだ。
……まさか本当に弓弦くんの言う通り、単に私が茨くんの悪口を真に受けることが心配なのだろうか?

……まさか。とは思うが。

「心配しなくても、私は茨くんを嫌ったりしないよ。汚いところも酷いところも、この一週間でもう慣れちゃったし?」

ぽんぽんと肩を叩いて、冗談っぽく笑う。
茨くんの在り方は、確かに弓弦くんたちから見れば汚いのかもしれない。人の血を啜って前進する、それが彼だ。

ただ、これは私のごく個人的な気持ちなのだが……。

「それに私、目的や願いの為に頑張る人は、基本的に好きなんだ」

それがどんなに綺麗なやり方だろうが、非道なやり方だろうが。
【DDD】の時ですら、英智を本気で憎むに至れなかったくらいだから、もはや筋金入りと言っていい気がする。

いまいち自分の目的や願いを持ってない私だからこそ、そういう人がうらやましくて、輝いているものに見えるのだと思う。それが私にとっては、レオであり、『Knights』であり、アイドルって存在なのかなって。

「という訳で、しっかり凪砂の面倒見てきてね」
「――はい」

茨くんの表情は、それはそれは複雑だった。
嬉しそうな、後悔してるような、恥ずかしそうな、誇らしそうな。

「――おや、千夜さまは毒蛇まで召し上がられるのですね」
「弓弦くんの毒舌、久しぶりに聞いたなぁ」
「いえ。むしろ褒めたつもりです」

にこり、弓弦くんが静かに笑い、ルームキーを恭しく私から受け取って見せた。



千夜さまは何も言わないが。
訴える視線を感じる。

その意味を掬い取って、理解しなければ。でなければきっと、茨の仕込んだ悪意に、からめとられる――。

「結構居心地よさそうだね」
「ええ。茨の仕事を褒めるのは癪ですが」
「わ、この鏡台とかうらやましいな! でもみんな男の子だから使わないか」
「ふふ、転校生さまくらいしか入用では……」

そのとき、千夜さまが不自然に鏡の淵を撫でた。彼女の目が、いっそう強くわたくしを見つめる。

……なんだ?
そう思って、近づきはせずとも目を凝らす。彼女がゆっくりと指を外したその場所には、小さな――レンズが。

「……千夜さま、」
「ふふ、弓弦くんったらそんなに部屋が気に入ったの?」
「……いえ。わたくしはやはり、この部屋よりは、別のお部屋を手配しとうございます」

言葉にするなと、目線だけで忠告される。
ので、この部屋が単純に気にくわないように発言しておく。いい子、と唇の動きだけで、彼女からのお褒めを頂く。

「そっか。じゃあ、弓弦くんが気に入ったホテルや旅館があるなら、今日までにLINEで連絡してね」
「はい。では、そろそろ出ましょうか」

二人、何事もなかったかのように部屋から出る。
部屋から出さえすれば、もう、あの監視カメラを気にする必要はない。おそらくあれは、『Trickstar』に割り振られる部屋だけに設置されていたものだ。廊下に設置された防犯上の監視カメラには、配慮は必要ない。

「――千夜さまは、初めからこのことを見越しておられていたのですか」
「いや。ただ、私が茨くんだったらこうすると思ったから」
「なるほど」
「それに、今は『Adam』の味方だからね。弓弦くんが気づかなかったら、可哀そうだけど『Trickstar』にはあの部屋で過ごしてもらってたよ」
「わたくしは、敵の恵んだ一度きりのチャンスをつかめた、ということでございましょうか」
「そういうこと!」
「認められるとは――ああ悲しい。貴女は一度割り振られた役割は、完璧にこなされるのですね」

ちょっとばかり皮肉めいて、彼女にちくりと言葉を刺す。アイドル科が我儘でプロデュース科の足を引っ張るなんてお笑い種なので、決してこれ以上は言わないが。

「うん。綺麗に仕事を終えて、春に備える。私がいなくなった後も、あんずちゃんや新しいプロデューサーちゃんたちが、困らなくていい基盤を作る。――案外、英智と同じようなこと考えてるね」
「わが身が呪われようともですか。まったく、どうしてこう、わたくしの周りには手のかかる方ばかり――」
「そういう人も見捨てない、弓弦くんみたいな子がいるから。平気だよ」
「おやおや、光栄でございます」

優雅な笑みを張り付け、本当の気持ちが出てくるのは抑え込む。嬉しいとか優越感とか、姫宮の執事が出すのはみっともない。

――もっとも口を使うのが上手なのは、千夜さまでしたね。まるで我らのように、毒がなくても。

日の光のようにじんわりと心を溶かす、そんな具合の。

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